家に帰ったら臨也がいた。不法侵入は止めろって何回言っても聞かねえ。殺すぞ。普段ならすぐ叩き出すが……こうやって俺が帰ってくるまで待ってるときは酒とメシを用意してることが多いんだ。今日は寿司と梅酒だった。食費を浮かすためにこういう日は仕方なく一緒にメシを食う。あー、イライラする。マジでノミ蟲殺してえ潰してえ。
「良いよねぇ、梅酒って。甘いくせに食事と一緒でもいけるとか。なんか夏っぽいし」
「……」
「あれ、梅酒はイマイチ?」
「別にそんなこと言ってねぇだろうが。あぁ?」
「あ、良かった。結構気に入ったみたいだね」
ひたすらこいつの声だけ聞いてるのはどうしてもイライラして駄目だ。怒りを溜め息にして吐き出す。頑張ってるよな?俺。頑張ってる頑張ってる。偉い。流石に自分の部屋でキレる訳にはいかねぇしな。なんかメシと酒でほだされてる気がするのは気のせいだ気のせい。
なんにしろ喋りたくねぇ。間を持たせる手段として俺はいつもテレビを使う。今日もリモコンを取って電源を入れた。
「……」
「……」
ああ、そうか、世間では今夏休み真っ只中。夜には特別番組が多くなる。最近は熱い日が続いてるし、こういう特集が組まれるのは仕方ねえよな。……だがな、今のは心臓に悪かった。テレビを点けた途端、画面一杯に、髪の長い、女の、顔、が。
数秒固まったあと、無意識にリモコンの上の指を動かしたところで、臨也が喋った。
「……シ、ズちゃん、チャンネル変えるの?」
「……あ?」
「もしかして、怖いの?」
視線を動かすと臨也と目が合った。わ、悪いかよ、顔には出てねぇと思うが正直すげぇビビった。……でもなぁ、臨也に知られんのは癪だ。ていうか今、臨也軽くどもってなかったか?
「……、怖くねぇよ」
「嘘、今チャンネル変えようとしたよね?」
「テメェがビビったからだろ」
「え、俺?何いってんの」
「ビビリのノミ蟲のためにチャンネル変えてやるって言ってるんだ」
「はぁ?自分が怖がってるの隠したいからって俺をダシにすんのやめてくれる?」
……あああああ、クソッ!ムカつく!ガン、とテーブルにリモコンを置いて臨也を睨み付けた。
「じゃあチャンネル変える必要ねえよなぁ、臨也くんよぉ?」
「……」
「……」
現在時刻、夜11時。長い長い特番がようやく終わった。……正直、見ながらチャンネルを変えなかったことを何回も後悔した。尋常じゃなかった。なんだこれ。未だに心臓がどくんどくん言ってやがる。あああうぜえええ。
ふと、隣の臨也に視線をやった。CMが流れる画面をただ見つめてる。なんとなく顔色が悪い気がした。
「……臨也」
「な、にかな、シズちゃん」
「テメェまだ帰らねえのか?」
「……夜も遅いしさー、泊まって行こうかな」
「帰れ」
ヤバい、これ以上ビビってるとこ見られてたまるか。俺は立ち上がってノミ蟲の首根っこをひっ掴んだ。
「え、ちょ、シズちゃ、」
「あばよノミ蟲、もう池袋には来んな」
そのまま玄関から放り出して鍵を掛ける。あー、すっきりしたぜ。溜め息を吐いて部屋に戻る。戻って、ふと、部屋の隅に、視線が行く。……いや、ないないないない。なに意識してんだ馬鹿か俺は。早くシャワー浴びて寝よう。……シャワー。
水辺には、集まるらしい。風呂で視線を感じると、背後じゃなくて上に居るらしい。水の底から、こ ん に ち は 。
……や、ないないないないな、
不意に背後からガチャガチャ音が聞こえて大袈裟に肩が跳ねた。玄関のドアノブが、動いてる。もう認める。駄目だ俺ホラー駄目だ。なんで臨也放り出したんだ。ちょっと泣きそうになった。
「し、シズちゃん!シズちゃん!」
「!」
玄関から臨也の声がする。急いでドアに駆け寄る。一応覗き穴から確認。ああ、ちゃんと臨也だ。鍵を開けた途端に扉が開いて臨也が飛び付いてきた。受け止めて抱き締め返しながら素早く扉を閉めて鍵もチェーンもかける。ほっと息を吐いた。
「し、シズちゃん痛い痛い痛いあばら折れる!」
「わ、悪い」
力が入り過ぎてたみたいだ。冗談じゃねえ。今殺しちまったらこいつの死体と一晩とかマジで有り得ねえ。慌てて力を緩めた。
「シズちゃん、」
「臨也、」
名前を呼ぶ声が重なった。
「泊めて」
「泊まってけ」
その晩は臨也と抱き締め合って眠った。
8月ですね
ホラーですね
ああ、これが黒歴史ってやつか。
拍手お礼でした。