俺にとってデイダラは『恋人』だ。突然この学校にやって来たコイツは滅茶苦茶なヤツだった。でも人の心というものは分からないものだ。どういう訳か、デイダラは俺の『恋人』なのだ。
涙のバースデー
「サソリ」
俺の名を呼んで目を細める。そしてキス。体をぎゅ、と抱きしめられ、深く深く。手が這って行き、ワイシャツの中に入ってくる。会う度にこれだ。どうしても心に引っかかる。デイダラは俺の『恋人』で、でも俺等は『恋人同士』じゃない。だって俺は一度もコイツが『好き』というのを聞いたことが無い。
俺はデイダラの胸を押してキスをやめさせた。頭に残された甘い痺れを感じながら、上がった息を整える。
「……サソリ?」
デイダラは首を傾げて俺の顔を覗き込む。その顔は不思議そうだ。そうだろう、俺は付き合い始めてからこの行為を拒んだことは無いのだから。
「、デイダラ、悪い、今日は気分じゃない」
少し緊張しながらそう言ってみる。デイダラはちょっと目を見開いた後、ふぅんとだけ言って準備室を出て、いつもの定位置である黒板前の作業台の所に落ち着いた。俺も小さな溜息を吐き、準備室から出てデイダラの近くに座る。もうデイダラは俺には全く興味が無い様で、いつものように粘土で何かを作り始めた。
十分経ち、半時間が過ぎ、放課後の暇な時間を消費してゆく。とうとう俺は立ち上がって、美術室から出ようと出口を目指した。
「サソリ」
「!」
突然呼ばれて、肩がびくりと跳ねたのが分かった。
「、何だよ」
「体調でも悪いのかい?」
「……ちょっとな」
嘘を吐いた。
「そっか。今日はもう帰って寝ろよ、……うん」
「……ああ」
ほんの少し期待した俺が馬鹿だった。俺はそのまま美術室を出て、力任せに扉を閉めた。
デイダラと俺が二人きりで時間を共有するのは、ヤってるときだけだ。アイツの言う『付き合う』はきっとそれだ。アイツは俺の体が気に入ったんだろう。もしくは俺をからかって遊んでいるのだ。俺はアイツに惚れてしまったのに。
実は今日は俺の誕生日だ。今日この日、『もし』デイダラが俺を好きならきっと祝ってくれるだろう。そう思って前々からさりげなく言ってみたりしていた。
(その時の返事も、ふーん、だけだったけど)
ベッドに転がって天井を見詰めていた俺は、チラリと時計に視線を移した。ああ、今日が終わってしまう。11時半、あと、30分。携帯を見る。着信は無い。大丈夫だ、まだ、大丈夫。
(本当に、大丈夫か?)
こういう時ほど時間が経つのは早い。秒針も、長針も、驚くほど早い。
不意に、涙が頬を伝った。俺は、決めてた。今日祝ってくれなかったら区切りを付けようって。だって、もう俺だって疲れたんだ。男同士で、教師と生徒。こんなありえない恋愛はするべきじゃないだろう。
ああ、考えているうちに、もう針が。五分前。何の反応も無い携帯を握り締めて時計を凝視する。四分前。まだ、携帯には何の反応も無い。三分前。まだだ。二分前。まだ。
一分前。
「……っ、」
俺は時計から外した目を、携帯へ向けた。
ぱたぱた、ぱた。
涙がシーツの上で跳ね、吸い込まれる。
(嫌だ嫌だ、嫌だ!)
携帯の時計が、『昨日』の終わりを教えた。
「……ばーか」
俺は携帯を枕の横の適当なところへ置くと、電気を消して布団に潜り込んだ。枕をぎゅ、と抱きしめて俺は深く溜息を吐いた。
そのとき。
ピンポーン。
気の抜けた音。誰だよ、こんな時間に。もしかしたらただの悪戯かもしれない。こんな最悪な気分の時に……誰だよ?
顔だけでも見てやろうと思って俺は玄関に行き、覗き穴から外を見た。
「っ、」
一瞬息が詰まった。そこに居たのはデイダラだ。そっと扉を開いた。デイダラは俺を見てぱっと明るく笑うと、ぎゅ、と抱きしめてきた。
「サソリ、誕生日おめでとう!」
聞こえた台詞。何だよそれ。
ぽかんとした俺はデイダラを見上げる。デイダラは抱きしめる腕を緩めて俺の顔を覗き込んだ。
「……!サソリ、もしかして泣いてた、……うん?」
その言葉を聞いて、再び涙が溢れ出した。
「っ、ばっかやろ、俺の誕生日は昨日だ!ばーか!」
「な、!?」
デイダラは素で間違えていたようだ。マジでちゃんと聞いてなかったんだな。でも、それでも、今日が誕生日だとしたら、『一番』におめでとうを言ってくれた。
(うれしい)
デイダラはまた俺を抱きしめた。
「ごめん、間違えた。本当にごめん、……うん」
「ごめんで済むかよ……っ」
「……ごめん」
「、デイダラ、お前ってマジで俺が好きなのか?」
(あれ、勝手に質問してんじゃねえよ、俺)
「、え?」
「会ったら、ヤるばっか、だろ。好き、って、一度、も、」
デイダラはまた泣きそうになった俺を部屋へ押し込んで、扉を閉めた。
「話があるんだ。聞いてくれるかい、……うん?」
俺はちょっと迷ったが、デイダラを部屋へ入れて話を聞くことにした。
「実を言うと、最初は、……ちょっと遊ぶ、ぐらいに思ってたんだ、……うん」
(ああ、やっぱり)
第一声がこれだ。俺は思わず俯いた。
「でも、でもな、途中からどんどんはまっちまって……」
「……!」
「もう何か、何もかも、可愛くて」
デイダラは困ったような顔をしながら話し続ける。俺の頭はほぼ真っ白。デイダラは、俺の事を?
「好きで、好きで、堪んなくなって」
夢じゃねぇのかこれ。俺は、胸がきゅう、と甘く締め付けられるのを感じた。だが、同時に疑問も湧いてくる。
「じゃあなんで好きって言ってくれなかったんだよ?」
「オレら、体から入ったろ、……うん?」
「だから?」
「アンタがもしかしたらオレの事好きなわけじゃないかも、と思って」
「……!」
「なんて言っても、男同士で教師と生徒、だからな。うん」
そうか。デイダラも悩んでいたのか。
「でも、心配損だったみたいだな」
腕が伸びてきて、ぎゅ、と抱きしめられる。耳元で、いつもの低い声が。
「サソリ、大好き。アンタは?」
「っ、」
「アンタは?」
「………、好き、だ」
そういった瞬間、デイダラはぱっと笑った。そして、ポケットから取り出したのは、いつもサソリが着けているようなリングだった。
「はい、プレゼント、……うん」
「!」
「これだったら着けてて違和感ねェだろ?」
そういって、デイダラは俺の手を取り、指輪を嵌める。
「うれしい?」
「……ああ」
心から返事を返す。その瞬間、唇に優しい感触が降ってきて、二人で笑いあった。
俺たちはこうして『恋人同士』になったのだ。男同士という壁も、教師と生徒という壁も関係ない。俺たちはずっとずっと一緒だ。