昔むかし、金の鬼がおったそうな。





きんのおにのおはなし






「あんた、今から山に登るのか?」
「ああ」
「止めといた方が良いぞ。もう暗い」
「仕方ねえだろうが。越えねえと帰れねえからな」
「だが、この山は夜になったら、」
「夜盗だろ?俺はそれなりに強い。切り抜けてやるよ」
「それよりも、鬼が出るんでさァ」
「んなもんガキの時から耳にタコが出来るぐらい聞いた。いる訳ねえだろ」
「いや、こんな赤みがかった満月の夜にゃ、鬼が赤に誘われて出てくる。特にあんたは…、」
「くだらねえ……」
「ああ、お待ちよ……!」





 赤い満月の光の下、赤い髪の少年が歩いていた。大きな籠を背負い、冷たい夜風の吹き抜ける木立の間を足早に通り抜けて行く。名は、サソリといった。

「、ちっ、」

 小さな舌打ちを一つ。サソリは走り出した。がさがさと体に当たった藪が音を立てる。途端、後ろから、横から、前方から、同じ音がサソリに迫った。

「っ、(囲まれた!)」

 ぴたりと立ち止まる。少し上がった息を整えていると、茂みの中から笑みを浮かべた男達がぞろぞろと現れた。サソリは即座に夜盗だと判断し、守り刀を取り出した。こめかみに汗が伝う。

「ほ〜ぉ、一人で立ち向かう気かァ?」
「人数見て分からねェか?勝ち目なんて有る訳無いだろ!ククククク…っ!!」
「持ってる物全部出しな。まあどっちにしろ力ずくで取り上げてやるがなァ」
「お前も余す所無く売り飛ばしてやらぁ」

 焦る気持ちを抑え、サソリは刀を構え、再び走り出した。傷付けずに捕らえようとしているのか、夜盗は刃物を取り出さず、立ち塞がり、手を伸ばす。サソリはそれらを容赦なく切り付け、蹴り倒した。疲れて足がもつれそうになりながら、ただひたすら走り続ける。

「この野郎!!」
「もう腕の一本ぐらい構わねえ!!やっちまえ!!」

 サソリはその言葉と共にひゅうと音を立てて左側から降ってきた刃をかわし、間髪入れずに前方から切りかかってきた刀を自分の刀で受け止める。相当な力で以って振り下ろされた其れは、サソリの腕をじんと痺れさせた。
 と、そのとき、サソリの耳に、後方の空を切る音が聞こえた。

「ぁ、(不味い、)」

 ざくり。

「うあぁああぁ!!!」
「っ!?」

 響いたのは、夜盗の声。

「お…、鬼だ!!伝説の鬼が……!!」
「ぐぁああ…っ!!」

 突然、サソリの目の前に居た男の右肩から先が、消えた。血が飛び散り、地面に降りかかる。一瞬の後、サソリは混乱している男の首を跳ね飛ばした。気が付けば、あれ程数が有った夜盗は、数体の死体を残し、逃げ去っていた。
 ふと、サソリの体から力が抜ける。サソリは激しい眩暈に襲われながら、崩れる体を誰かが支えるのを感じた。





 体中の痛みにサソリの意識は浮上した。瞼を無理矢理押し上げ、目に入った見知らぬ天井(所々傷み、穴が開いている)を眺める。そして、はっきりと覚醒すると共に、体に触れている熱を感じ取った。サソリが不思議に思いながらゆっくりと首を動かすと、視界に飛び込んできたのは伝説の鬼の最大の特徴である、金色に輝く長い髪だった。

「っ、」

 あまりに驚き、サソリの渇いた喉はひゅっ、と音を立てた。幸いな事に、鬼は眠っているようで、青いと語り継がれている瞳は、瞼の下に隠されていた。

「(落ち着け、落ち着け、俺)」

 サソリは何とか状況を判断する。自分はまだ伝説の中の住人のように食べられてはいない。逃げるなら今だ。
 そこでサソリは、鬼が自分を捕まえるように腕を絡めて寝ていることに気付いた。逃げ出すのは、かなりの危険を伴う。しかし。

「……(今しかねえな)」

 思い切ったサソリは息を詰めて、そろりと体を動かし始めた。痛む体を無視して、少しずつ、少しずつ、鬼の腕の中から抜け出してゆく。完全に抜け出すまで、とてつもなく長い時間がかかったように思えた。そしてついに、鬼の隣に座り込むことが出来た。息苦しい胸を押さえ、サソリは鬼を見つめる。普通の人間となんら変わりの無い様に思える。ただ、藁で出来たござの上に広がる髪が、美しかった。
 ふと、サソリは、我に帰った。鬼が目を覚まさないうちに、と慌てて立ち上がる。一つしかない扉に向かって足を踏み出した。

 ぐい。

「!?」

 藪に引っ掛けぼろぼろになっていた着物が、何かに引かれる。突然の事に、サソリは重心を崩し、背から床へ倒れ込む。体中に響く痛みに息が詰まった瞬間、肩を強い力で押さえ込むものが有った。

「逃、げる、な、……うん」
「……!」

 想像していたような青い目が、サソリを見下ろした。サソリは、背が冷や汗でじとりと濡れるのを感じた。しかし鬼は何もせず、そっと体をサソリから離すと近くにあった桶の水を欠けた椀ですくい、サソリに手渡した。それきり、鬼は少しも動かない。喉が渇いていたサソリは水に少し口を付けたが、鬼の視線が気になる。長い沈黙が続いた。

「………逃げろ、よ」
「!」

 暫くして、鬼が俯いて言った言葉に、サソリは少なからず驚いた。意図が全く掴めない、矛盾した言葉。しかし、それには重大な意味が込められているような気がして、サソリは動けなかった。





 それから数日、サソリは鬼の住処に居た。鬼は何も喋らなかった。サソリを食べることを、いや、指一本触れることさえしなかった。ただ、サソリを見つめ、食べ物を差し出した。外出する時は、外からかんぬきをかけ、サソリが出られないようにした。サソリはどうして良いのか分からず、ただ、鬼と一緒に居た。





 ある日の夜中、鬼はいつもの様に住処を出て行き、肩に大怪我をして帰ってきた。手には誰かから奪い取ったのであろう、食べ物、着物、そして、べったりと血の付いた刀が一本。鬼はやはり何も言わず、小屋の隅に小さくなって座り込んだ。サソリからは鬼の表情は見えなかったが、痛々しく傷ついた肩から血が滴り落ちていくのが分かった。

「おい、」

 思い切って声を掛ける。鬼は何の反応も示さない。サソリは恐る恐る近付いて、そっと肩に触れた。

 ガッ!

「っぅぐ、っ!!」

 鬼はびくりと震えたと思うと、サソリを突き飛ばした。咳き込んだサソリは、鬼の方を見て固まった。涙が、今にも零れそうに目に溜まっていた。

「っ、おい、どうしたんだ?」
「……」

 サソリは、気付いたら鬼に話しかけていた。再びゆっくりと近付く。

「………、肩、手当てしても良いか?」

 鬼は何も言わない。サソリは自分の着物の裾を出来るだけ大きく裂き、鬼の着物をそっと肌蹴て、肩から胸へと布を優しく巻いて固定した。サソリが結び目を固く絞り、息を吐いた途端、鬼が腕を伸ばした。

「!?」

 鬼は、サソリをぎゅっと抱きしめた。サソリは鬼の体が震えていることに気付き、ただ、なされるがままにしていた。

「オイラは、鬼じゃ、ない」
「!」
「おに、なんかじゃ、」

 山を越えたサソリの村に、伝えられている伝説は、百年以上も前から続いていた。鬼はそれだけ長く生きているのだ。そして、金色の髪、青い目。この地にいる人間とは、どう考えても異質である。それでも、サソリは鬼に、そうか、と返した。

「名前は何だ?」
「なまえ、」
「鬼じゃないんだろ?」
「……デイダラ」
「デイダラ?」
「うん。……アンタは?」
「サソリだ」
「さそり」

 鬼、いや、デイダラは、更に腕をに力を込めてサソリを抱きしめた。





 それからは、二人はぽつりぽつりと短い会話を交わすようになった。サソリは、自分は山のふもとの村に住んでいることを話した。デイダラも自分のことを話した。それは、デイダラが生まれた理由であった。デイダラは、母親に聞かされた話だといって、父親が鬼だったらしいと言った。

「無理矢理、お袋に子供を作らせた。元は、お袋、アンタの村に住んでたらしい。親父は殺されて、お袋は追い出されて、此処へ逃げてきて、もう随分前、死んだ」

 そう語るデイダラの表情は、とても寂しそうだった。他にも、他愛ないことを沢山、沢山話して、二人は日々を暮らした。
 相変わらず、デイダラは出かけるとき、扉にかんぬきをかけていた。





「(帰りたい)」

 サソリは、あるときそう思った。いつまでもこのままでは居られない、と。一度そう思ってしまえばその思いは募るばかりで、日に日に元気がなくなっていった。
 そして、ある日逃げ出そうと決心した。サソリは、次にデイダラが出かける時に行動を起こすことに決めた。





 サソリが決心を固めた晩、思考にふけるサソリの前にデイダラが座り込んだ。あまりに真剣な青い目で見つめられて、サソリはデイダラを見返した。

「……す、き」
「え?」
「すき、だ」

 デイダラは小さな声で言った。

「ずっと、いっしょに居ろ」

 サソリは何も言わなかった。







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