ざあざあと、遠くで聞こえる雨音。デイダラはゆっくりと覚醒した。腕の中には愛しい人。夜のものとは違う、さらりと乾いた、白くて、暖かな肌。ぼやけた思考のまま、暫く窓の外を眺める。ふと思い当たったようにサソリの指に自分の其れをそっと絡め、頬にキスを落とした。

「デ、ダラ……?」

 寝起きの少し掠れた声がデイダラの耳に入る。しかし、デイダラはキスをやめず、指に少し力を込めた。サソリは何も言わない。最後に、と優しく唇を触れ合わせ、デイダラは離れた。

「おはよ」
「……どうした?」

 デイダラは少し黙って、降りしきる雨の音を聞いた。

「……こんな日だったな、って、思ってさ、……うん」

 そう言って、絡めた指に再び優しく力を込める。サソリはデイダラの視線の先を辿り、窓の外を見た。再び、部屋に雨の音が満ちる。

「……ああ、そうだな」

 サソリも握られた手を優しく握り返した。





ゆびさき





「てめぇいつまで待たせる気だ!?さっさとしやがれ!!」
「はいよ」

 デイダラはにっ、と笑って立ち上がった。ずりずりと先を這って行く巨体について歩く。

「なぁ、もうちょっと休憩取っても良かったんじゃねェの?うん?」
「……確かに時間は有るがな、俺は早く任務を終わらせてえんだよ」
「なんで?」
「お前の顔を見ずに済むからな」
「、はは」

 そう言いながらも、疲れたと言えば休憩を取らせてくれるサソリが、デイダラは好きだった。デイダラは暁に入ってまだ一月も経っていない。まだ勝手が掴めないデイダラをさりげなく気遣うサソリが、デイダラは好きだった。自分を忌み嫌わず、傍に居ることを許してくれているサソリが、大好きだった。ただ、自分では『好き』だとは気付いていなかったけれど、何か暖かいものが胸の中にあった。何か優しく、甘く、胸を締め付けるものが有った。
 この短期間で、デイダラはサソリのことを色々と知った。まず、自分とは全く逆の感性の持ち主であること。そして、待つのも待たされるのも嫌いだということ。そして、自分がいつも見ている体が、本体では無い、ということ。

「部屋には入ってくるなよ」

 任務が終わった途端、デイダラにたったそれだけ言って、サソリは部屋に中へ入ってしまう。そうなれば、次の任務までデイダラはすることがなくなってしまう。

「はぁ……」

 ひとつ、溜息を吐いて、デイダラは部屋へ足を向ける。二歩、三歩。突然足を止めた。まだ任務の報告をしていないことを思いついたのだ。デイダラはまた二歩、三歩と戻り、サソリの部屋の扉をノックした。

「旦那、入っていいかい?」
「……たった今言ったことが聞こえなかったのか?」

 デイダラは、サソリの声に違和感を感じて、眉をひそめた。

「いや、任務の報告してねェなって思ってさ。……うん。今日はオイラがするからやり方教えてくれよ」
「……入れ」

 返ってきた返事に、デイダラの心臓が跳ねた。始めて入るサソリの部屋。そっと扉を開いた。中に居たのは、見たことの無い、美しい少年であった。

「!?」
「……ああ、そうか。お前にこの姿を見せるのは初めてか」

 サソリは小さく笑った。赤い髪、美しい肌。整った口元が引き上げられる。デイダラはといえば、驚きのあまり、動くことができなかった。

「其処に座れ、ざっと説明する」
「ああ、……うん」

 その説明は、断片的にしか聞こえていなかった。デイダラはただ声に聞き惚れ、床に落とした視線を時折サソリの方へ向けた。





 その日から、デイダラは任務の終わった日にはサソリの部屋へ行くようになった。色々と口実をつけて部屋へ入り、機嫌の悪いサソリを前に、ただ、喋り続ける。デイダラは幸せだった。サソリの傍に居ることが出来るというだけで幸せだったのに、今、サソリと話すことが出来て、幸せだった。もっと幸せになりたい。サソリに触れてみたい。あの肌は滑らかなのだろうか、柔らかいのだろうか、そして、暖かいのだろうか。もし、叶うならば、優しく優しく触れたい。その時自分は誰よりも幸せだろう。
 この感情に貪欲になったデイダラは、少しでもサソリの気を引きたくて、ただただ、様々な事を喋り続けた。





 ある日、デイダラとサソリは喧嘩した。サソリが目をつけていた獲物を、デイダラが真っ先に木っ端微塵にしてしまったのだ。その日の任務は二人とも一言も言葉を交わさなかった。デイダラの胸はずきずきと痛んだ。サソリに嫌われることを恐れた。





 アジトについて、デイダラはいつものようにサソリの部屋へ向かった。謝るための言葉を選び出しながら、廊下を歩く。そして、いつものように扉の前へ立った。

「旦那?入っていいかい?」
「……」
「旦那、」

 キィ、と小さく音を立てて、デイダラは扉を開いた。中にはヒルコから出たサソリが居た。デイダラに背を向け、ただ傀儡のメンテナンスをしている。デイダラはそれにそっと近付き、しゃがみこんだ。

「あの、……、ごめんな」
「っ、……誰が勝手に入っていいって言ったんだ?」
「!」
「大体お前はなんだよ!大した用もねえのにいちいち部屋へ来やがって!」

 サソリの言葉は、ひとつひとつ、デイダラの胸を締め付けた。

「てめえの芸術なんて知るか!うぜえんだよ!二度と俺に近寄るな!」
「、」

 がしゃん。

 デイダラは、自分が何をしたのか、分からなかった。優しく優しく触れたいと思っていた、その体を、デイダラは思い切り突き飛ばしていた。壁に叩きつけられて咳き込んでいるサソリ。まるで別世界のものであるかのように、デイダラの瞳に映った。

「ぁ、」

 デイダラは小さく声を漏らし、サソリに背を向け、逃げ出した。後ろから自分の名を呼ぶ声が追いかけてきたが、デイダラはアジトを走り出て、大きな鳥の背に飛び乗った。





 デイダラは崖の上に居た。広がる柔らかい草の上に寝転がり、空を見上げていた。風が出てきたので、鳥を下ろしたのだ。頭上の雲は分厚く、風に乗り早く動いていた。雨が降る。そうはっきりと予測できるほどの天気だったけれど、デイダラは動こうとせず、ただ空を見上げる。もちろん、頭の中はサソリの事で一杯だった。

「は、なんで、だろ?」

 苦笑交じりに独り言を零す。それは胸の痛みに向けてのものであった。慣れた筈の、自分の存在を否定するかのような言葉。サソリの唇に紡がれたそれは、生まれてから一度も感じたことの無いような苦痛を伴った。

「なんで、……、あ、あぁああぁ、なん、で」

 目尻に涙が溜まり、伝っていった。ついに泣き出した空が頬に落ちて、混じる。

 ぽつり、ぽつりぽつり、ぽつり。

 たった今、サソリに抱いていた感情をデイダラの追い求めていた『愛』だったと気付いた。こんなに苦しい物だなんて知らなかったのだ。
 とうとう本降りになる雨に、指先から、体の芯までじんじんと冷えてゆく。一番底にある心は、とうの昔に冷え切っている。初めて触れた愛しい人の感触は、骨の硬さ。軽い痛みとなり、掌に残る。肌の滑らかさも、柔らかさも、温かさだって、感じる暇なんて無かった。容赦なく降ってくる雨から目をかばうように、デイダラはその掌を上にかざす。滑稽だ、とでも言うように、掌の口が開き、にたぁ、と笑った。

「や、めろ……、やめろやめろやめろやめろ!」

 デイダラはぎゅ、と拳を作った。今の今まで忘れていた、呪われた掌。サソリの傍に居る時には何も感じなかったそれ。

「(サソリも、本当は、この掌が嫌だった?オレの事を化け物って、思ってた?)」

 その掌で、サソリに触れたいと願っていた。
 デイダラはゆっくりと上半身を起こすと、憎くて憎くて、それでも自分の芸術を生み出す愛しい掌を、静かに見下ろした。

「いらねェな」

 デイダラはクナイを取り出し、手首に宛がう。ぷつり、と皮膚が裂け、赤い血が雨の雫に混ざって滴り落ちる。

「やめろ!!何してやがる!!」
「っ、!」

 聞こえた声。デイダラが振り返ると、自分と同じ様にびしょ濡れになったサソリが居た。サソリは息を切らしながら、早足でデイダラに近寄った。

「はっ、…、は、勝手に出て行きやがって、見つけたと、思った、ら、何して……!」
「旦那、」
「違う、言いたいのは、……っ、悪かった」
「!」
「俺も、謝ろうってしてたのに、お前が先に謝るからあんな事言っちまった」

 デイダラは、サソリを見つめた。心の中を探るように。

「嘘、ばっか……」
「嘘じゃねえ!」
「あのさ、最後で良いから聞いてくれよ、……うん」

「オレ、アンタの事が大好きなんだ」

「!」
「もう、お終い。こんな呪われた手、いらねェよ。アンタもそう思うだろ、……うん?」

 デイダラはクナイを持つ手に少し力を込めた。赤い血が、どんどん溢れてゆく。

「や、めろ!」
「!?」

 サソリはデイダラの手からクナイを奪い取った。そして、ぎゅ、とデイダラの手を握る。デイダラはびくりと跳ねて手を引っ込めようとしたが、サソリは其れを許さない。

「やめろ、……」
「なん、で、」
「……俺も、だ」
「……は、?」
「だから、俺も、だ」

 デイダラの青い目に、頬を少し染めながら俯くサソリが居た。そっと呟かれた言葉が、優しく鼓膜を揺らす。触れ合っている指先が、じんじんと熱を持つ。

「嘘?」
「違う」
「でも、いっつも、」
「違うって言ってんだろうが!」

 思い切り怒鳴られる。デイダラは突然の大声に驚いて、少し震えた。

「ふ、」

 そして、小さく笑う。一緒に熱い涙が溢れ出した。まだ降っている大粒の雨に混ざって、ぽつり、ぽつりぽつり、ぽつり。冷たい雨の中で、ただサソリに握られている、捨てようとしていた呪われた掌が、熱かった。





「サソリ、……好き」

 腕の中に、愛しい、愛しい人。人を愛して、愛されることを教えてくれた人。優しく、抱きしめる。未だに慣れる事の無い、触れたときの熱。あの時から何も変わっていない。

「俺も」

 小さく返ってくる返事に、デイダラは微笑んだ。
 絡めたゆびさきを、いつまでも離さない。





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