貴方は、想像していたより高貴で、美しくて、貴方に会えることが出来た今なら、この世に未練は無く、死ねると思った。





奇跡





『見ろ!アイツが……!』
『街に出てくるなんて……呪いが降りかかるわ!!』

 ざわざわ。周りの人間が、騒ぎ立てる。しかし、いつもと違い、デイダラにはそれが聞こえていない。目の前にある一枚の人相書きに、気を取られて。ふと、目に留まりじっと眺めた。7年近く前、砂の里を抜けた、抜け忍。とても美しい少年だった。
 デイダラはその人相書きを盗み、走ってその場をあとにした。





 その美しい少年は、若くして里を抜け、小さくとも一国を滅ぼした。名前は、サソリ。赤砂のサソリと呼ばれた。デイダラは何年も何年もその人に憧れ、尊敬の意味を込めて「旦那」という敬称をつけた。いつか、自分もこの人のような抜け忍になる。それがデイダラの夢になった。





「クク……っ!!ははははは!!!」

 ああ、楽しい。自分が生まれ育った里を、自分の芸術でめちゃくちゃにする快感。オレが作った粘土の鳥に乗って、それを見下ろす優越感。

「ククク!!最高!!」

 真夜中の岩隠れの里に、爆発によって放たれた赤い炎が映えていて、芸術的だ。オレは、今日、この憎い里を抜ける。10年間想い続けた「サソリの旦那」のように。新しい人生の始まり。その出発地点はもう決めてる。オレは、粘土の鳥をその方角に向けた。





「……、すげェ」

 荒れ果てた家屋、崩れた城。焼け跡には、白骨化した人間がいくつも転がってる。
 そう、此処が出発地点。サソリの旦那が落とした国。オイラは其処を歩き回って、光景をしっかりと目に焼き付けた。

「抜け忍の世界って、すげェな……」

 オレは、独り言を零した。別にすごい忍でも無いのに、オイラなんかが成って良かったのか?
 そのとき、鋭い視線を一瞬感じた。ほんの一瞬だった。でも、何か居る。オイラは、クナイを構えて辺りを見回した。

「……誰だ?出て来いよ…うん」
「へぇ……俺の気配が読めたのか?」

 崩れた家屋の中から、赤雲模様のコートを着た奴が出てきた。笹を被っていて、顔が見えない。オレは、ソイツに問いかけた。

「アンタは…、何処の里の忍だ?」
「俺は抜け忍だ。見たところ、お前もか?」
「……ああ」

 オレはクナイを下ろした。

「今日、…たった今、抜けた」
「そうか」

 そう、一言だけ言うと、その男は傍の瓦礫に腰掛ける。しばらく此処に居るつもりなのだろうか?じっと見ていると、今度はソイツから話しかけにきた。

「お前は何故、此処に居るんだ?」
「……アンタ、赤砂のサソリって、知ってるか?」

 男の体が、少し、揺れた。

「……ああ」
「その人が潰した国が、此処なんだ…うん」
「……それも知ってる。俺は、どうして此処にいるかを聞いているんだ」
「オレは、ずっと小さいころから自分の里が嫌いだった。でも、だからって如何すれば良いのか、分からなかったんだ。うん。けど、丁度十年くらい前だったかな?街に出て、赤砂のサソリの人相書きを見た。抜け忍ってモンがこの世にあるって知ったんだ。なんか、すげぇ綺麗で、気高くってさ。ずっと今まで憧れて、「旦那」っていう敬称までつけた。いつか旦那の様な抜け忍になる、ってのがオレの夢になった。んで、その出発点を此処に決めたんだ」

 オレは、一気に話し終えた。男は、少しも動かない。けど、しばらくすると、ぽつりと何かを呟いた。

「……何で……」
「え……?」
「……何で、だよ…!」

 声が、震えている。

「如何したんだよ…?」
「俺は……、抜け忍になれば…皆に嫌われると思った。最初から関わらなければ、裏切られることも……無いだろうから……っ。なのに……ッ…!」
「……え……」

 あれ?頭が働かねェ。この人は、何を、言っているんだ?もしかして、もしかして……!?
 オレは、もう何も考えてなかった。ただ、信じられないという思いと、期待が混ざり合って渦になって、全身をビリビリと電流のように駆け抜けた。息が出来ないほどの、緊張が走る。衝動のままに、目の前にいる人の笠を、取り払った。
 赤い、髪。赤い、瞳。心臓が、止まったような気がする。ああ、奇跡だ。人相書きのままに、その人は、其処に居た。口では言い表せない美しさ。オレよりずっと年上のはずなのに、見た目はオレよりも若い。赤い眼に涙がほんの少し滲んでいた。

「サソリ、の……旦那……!」
「っ、」

 如何しよう。声を必死に絞り出し、発した言葉はそれだけ。

「お、前は…っ、なんで……俺なんかを……」

 旦那は、俯いた。その姿さえ、美しく、心臓が不規則に脈打つ。もう、出会ってしまったこの人から、目が離せない。





 オレたちは何も話さず、そのままの状態で朝を迎えた。サソリの旦那は東に見える光に顔を向けた後、無言で立ち上がった。もう、行ってしまうのだろうか?そうぼんやりと考えたとき、旦那は、信じられない言葉を発した。

「お前……暁へ来るか?」
「暁……」

 聞いたことがある。それは、S級犯罪者の集まり。旦那が其処に入っているのは、初めて知った。

「来るか?」

 もう一度問いかけられたその言葉に、オレはいつもの様ににやりと笑い、答えた。

「ああ」

 ああ、なんて幸せ?奇跡が起こった。オレの人生が変わる。美しいこの人のおかげで。

「……名前は?」
「デイダラだ。うん」
「…行くぞ、デイダラ」
「ああ」

 ああ、楽しい。オレは憧れの人について歩き始めた。
 近い未来、その『憧れ』は『恋』に、変わることになる。





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