ふつふつと湧き上がる、この感情、は?





sweet blood - 5





 無防備な背中に、音も立てず近付く。充分手が届く距離。口元に浮かび上がる笑みを押さえ込み、掌で目隠しをして引き寄せた。

「うあ!?!?っ、離せ!!」

 暴れる体を押さえ込み、無言のまま、柔らかい髪に口付ける。なお抵抗を続ける体。と、それは唐突に動きを止めた。

「……デイダラ?」
「っ!?」

 正直驚いた。何でばれたのか分からない。
 腑に落ちないながらも、そっと拘束を解いてやった。オレの方を振り返り、サソリは溜息を吐く。

「こんな所でずっと待ってたのかよ?」

 こんな所。サソリのマンションの前。部屋にサソリが居なかったからだ。待ち伏せして、脅かしてやろうとした。残念ながら、失敗に終わったが。

「部屋へ行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
「な……、っ!?」

 あんまりにも癪だったんで、思いっきり引き寄せて頬をべろりと舐め上げてやった。





「何で分かったんだよ?」

 どうしても不思議で仕方が無い。何で?

「……匂いが」
「あ」

 そうか。完全に忘れきっていた。此れではばれても仕方が無いだろう。

「香水でも付けてるのか?会った時からその匂いだろ?」
「ふーん、会った時の事そんな鮮明に覚えてくれてるのかい?……うん?」

 にやりと笑ってそう言ってやると、ほら、すぐに赤くなる。そういう所が可愛くて仕方が無い。

「クク……っ、まぁ、吸血鬼の香水は特別だからな……うん」
「特別?」
「一種の……商売道具?餌?」

 あまり良く分かっていないだろうサソリにポケットから引っ張り出した小さな小瓶を見せてやる。

「此れ。……嗅いでみる?」
「……ああ」

 人間に原液で嗅がせて良いのか、ほんの少し迷ったけれど。どうなるか気になった。
 承諾したサソリに小皿を借りて、小瓶の中の液体をぽたりぽたり、と落とす。締め切られた部屋、香りはすぐに広がる。ほんの2、3滴で充分。ああ、楽しくて仕方が無い。

「この匂いだ。……良いな」
「だろ?」

 さあ、どうなる?





 ああ、本当に楽しくて仕方が無い。

「デイダラぁ……っ、」

 甘い声、潤んだ目、とろりと蕩けた表情。可愛い。それでいて、艶やか。今のサソリはオレしか見ていない。きっと、オレの事が好きで好きで仕方が無いのだろう。吸血鬼の香水は恋の薬。人間を甘い罠に掛ける。

「デイダラ、」

 サソリが乗り上がって来る。オレは座っていたベッドに押し倒された。唇が、触れて。サソリの舌が、触れて。かちん、と歯と歯がぶつかる小さな音が響いた。サソリなりの、必死の『キス』。オレが前にしてやった『味見』を真似た物。幼く、拙いそれは、凄く可愛くて、可愛くて。舌を絡め返してやれば、必死に応えてくるのも可愛くて。

「ん……っ、ふ、」
「は、」

 ついつい、深く、深く。ああ、もう、全て食べてしまいたい。何でこんなに可愛いんだろう?もう、抑え切れないかもしれない。オレは悪くない。こんなに可愛いのが悪い。『全て』、食べてしまおう。
 そっと、手を伸ばし、口付けたままサソリの着ているティーシャツの下に忍ばせ、捲り上げる様にすぅっと脇腹を撫で上げた。

「ん、ふぁ、あ……っ!!ぅ、ん、んん……っ」

 びくり、と跳ねる体。離れそうになる唇を、後頭部を押さえ込むことで留めた。指先で体のラインをなぞり、どんどん上へ。サソリは苦しそうに小さな声を漏らす。窒息しては困るので、そっと唇を離してやった。

「は、……ん、っ!」
「クク……っ」

 オレの胸の上で必死に息を吸い込むサソリ。その間も体を撫でる手は止めてやらない。震える体が可愛い。髪を撫で、ふと、白い首筋に目をやり、目に飛び込んできた物にオレは暫し動きを止めた。

「…………」
「…っん、デイ、ダラ……?」

 赤い痕。残されたキスマーク。しかも、かなり新しい。そういえば、何故今夜サソリは帰りが遅かったのだろう?彼女?いや、こんなに可愛いから男も有り得る。もしかして、オレ以外の、吸血鬼?何だろう、この、感情は。

 此レハ、誰ガ、付ケタンダ?

 オレは何も言わずに、サソリを乗せたまま上半身を起こした。滑り落ちまいと、ぎゅっとしがみ付いてくるサソリを抱き上げ、ベランダへ向かう。火照った肌に、夜風が気持ち良い。ベランダの床へ座らせてやってもなおしがみ付いてくるサソリを引き剥がし、頭を打たないように支えてやりながらそっと床へ押し付けた。焦点の合わない目が不思議そうにオレを見る。そんな中で、オレは体の中で暴れ回っている『何か』を押さえ込むのに必死だった。
 と、サソリの目が俺を『見た』。オレへの恋から醒めたんだろう。自分でそうしたとはいえ、面白くない。

「、……デイダラ?」
「ああ」
「……っ、ぁ、……俺……っ、ごめん……!!」

 掠れた声で綴られる謝罪の言葉。体中震えちゃって。何をそんなに怯えているんだか?それよりも、そんなことよりも。

「此れ、誰が付けたんだい……うん?」
「、ぇ?」
「此れだよ、此れ」

指先でその痕に触れて場所を示してやる。なのに、サソリはとぼけている。

「何だよ……?」
「……ふーん、知らない振りすんの?」

そんなので騙されるほど馬鹿じゃない。オレはサソリの腕を取り、その内側の日に焼けていない真っ白な部分に吸い付いた。

「、ぁっ」

 小さく漏れた声に、やっぱり可愛い、何て思ってしまう。唇を離すと其処に有る、くっきりとした赤。ほんの少し、口角が上がる。

「此れと同じ奴が、其処に付いてるんだよ、……うん」
「!」

 どうやら思い当たったみたいだ。さぁ、話して?

 此レハ、誰ガ、付ケタンダ?

「っ、これは、今日、友達が……っ、」
「へぇ?友達?一体どんな流れでそうなったのか、知りたいもんだな、……うん?」
「、酒、飲んで……酔っ払って、ふざけたんだ」

 その言葉に不思議に思った。サソリはこの国で酒を飲んで良い年齢じゃ無いだろ?それに、サソリからはアルコールの匂いがしない。嘘?

「嘘?」
「!違う!!俺は酒を飲まなかっただけの話だ!全部本当だ!」
「……」

 嘘?違う?嘘?訳分かんなくなってきた。今日の俺はきっとおかしい。どうかしてる。イライラする。もう、聞きたくない。

「ぅわ、っ、っく、あぁ…っ!!」
「……」

 腕を引っ張って、サソリの軽い体を抱き込む。残る痕の上から、思いっきり歯を立ててやった。
 ああ、可愛い、可愛いサソリ。
 ……ああ。たった今、他の奴がサソリに触れたのが嫌だったんだ、って気付いた。我ながら、気付くの遅すぎ。そりゃそうだろう。大事な食料を他の誰かに横取りされそうになったんだから。思ってた以上に、オレはサソリの事を気に入ってるみたいだな。
 血を一口分吸い上げて、一度唇を離す。そして、白い肌に一つずつ赤い痕を付けてやる。

「あ、ゃ、デイダラ…っ、ちょ、」
「黙ってろよ……うん」
「あ!ん、ん、ぁ……っ!」

 吸い上げるたびにぴくん、ぴくんと震える小さな体。可愛い、可愛い。大事な大事なオレの専用食料。首もとに沢山付いたオレの痕を眺めて、満足。柔らかい頬に口付ける。誰にも、ひと口だってやらない。首に付けていたチョーカーを外して、サソリに着けてやる。ぱちん、と、留め金の音が響いた。

「、え?おい、デイダラ、此れ……?」
「外さないで、着けててよ……うん。まぁ、アンタには外せねェと思うけどな」
「は!?」
「クク……っ」

 オレは立ち上がって、サソリを見下ろした。見上げてくる目が、これまた可愛い。

「部屋に入ったらすぐ、換気しろよ?じゃあ、またな……うん」
「え、ちょっと、待てよ!!」
「ククク……っ、じゃあな!」

 可愛い、可愛い。オレの大事な専用食料。誰にも、渡さない。
 摘ミ食イダッテ、サセテヤルモノカ 。






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