選んでくれたことだけで、十分だと。





sweet blood - 4





 土曜日と設定されているとはいえ、デイダラが来る時間帯はバラバラだ。昼間に来ることは無いが、日没後ならいつでも、という感じで。先週は深夜1時過ぎに、先々週は9時頃、と。今週はと言えば、まだ7時を過ぎたばかりなのにもうベッドの上で寛いでいる。夕飯の仕度をしながら小さく溜息を吐いた。

「なぁ、サソリ……腹減った。…うん」
「……俺が食い終わってからな」
「えー……」

 ことん、ことん、と音を立てながらテーブルに皿を並べる。今日はサラダとベーコンエッグ。俺が椅子に座って食べ始めると、デイダラは起き上がって後ろから料理を覗き込んだ。

「……此れって夕飯なのかい?メニューが朝食だろ……うん」
「ちゃんと作るの面倒だから良いんだよ」
「ふーん。……ごめん、ちょっと分けて」

 よっぽど空腹だったのだろう。デイダラは俺からフォークを奪い取り、サラダのレタスを一枚食べた。
 あ、間接キス。何て、馬鹿なことを考えた。

「サラダだな、……うん」

 デイダラは口の中の物を飲み込んで、呟く。

「……そりゃあ、ただのサラダだからな」

 当たり前のことを一言。デイダラからフォークを奪い返して再び食べ始める。その反応に何を思ったのか、デイダラの腕が後ろから伸びてきて、椅子ごと俺を抱きしめた。そして笑い声が聞こえたかと思うと。

「美味しかった」

 ただ材料を切って盛り付けてドレッシングをかけただけのサラダに美味しいも何も無いだろうに。なのに妙に嬉しいのが不思議だ。

「もう一口」
「……いっそ全部食べるか?此れ」
「いや、後でオレはアンタを喰うからな」

 にやりと笑って言われた言葉に、顔が熱を持つ。デイダラは気付いているだろうが、誤魔化す様に話題を切り替えた。

「お前吸血鬼の癖に、血以外の物も食えるのかよ?」
「ああ、人間の血が一番だけどな。たまに固形物も喰わねェと、歯が鈍る」
「へえ」
「新鮮な野菜とか生気のあるものなら空腹は満たされるぜ。それ以外も食えるけど……。満足感はねェな」
「人間が一番生気が有るってことか?」
「そう、それも風邪とか病気の奴はアウトな。不味くて飲めたモンじゃねェよ。あと……」

 デイダラは笑って、俺の頬にちゅ、と口付ける。突然の事に、俺はきっと真っ赤になっているだろう。抵抗しようと伸ばした手も捕まえられ、ぎゅっと抱き込まれた。

「クク……っ、アンタみたいな美人は、最高に美味いんだよ」

 響いた声に頭がくらくらした。

「まぁ、男ってのがちょっと誤算だったかな……うん?」
「っ、じゃあ何で男の俺を選んだんだよ?」
「何で?……分かんねェ」
「……俺も意味分かんねえよ」

 また小さく溜息を吐く。この前飛段に『溜息吐くと幸せが逃げる』って言われたばかりなのに。
 要するに、デイダラが俺を俺を選んだのは、ただの気紛れだ。人間が野菜や果物を買うときと同じ、適当に同じものから一つを選ぶ。腐りかけたもの、形や色合いの悪いものは避けて。原理的には人間の食と同じだ。その中の一つになれたなんて、とんでもない幸運だ。
 俺はフォークを置いて空の皿を積み重ねると、立ち上がった。

「……皿、洗ってくる」

 わざわざ一言断りを入れて、台所に向かった。いや、正確には、向かおうとしたのだ。後ろから伸びてきた腕が腰に絡まり、それを許さない。

「な……っ!?」
「『喰い終わるまで待て』だろ?食べ終わったじゃん……うん」
「そんな、皿洗うくらい待てよ!!」
「無理、もう限界。……欲しい」

 小さく聞こえた声に、首筋がぞくりとした。ぺろり、と頬を舐めた舌が、徐々に下へ降りてくる。その感覚に力が抜けそうになって、持っている皿が危なっかしげにぐらぐらと揺れた。

「デイダ、ラ……っ、落ちるっ!!」
「……はぁ、………はいはい」

 デイダラは大きな溜息を吐いて、俺の手から皿を奪い取ると、ことん、とテーブルに置いた。そして先程より更に強く引き寄せられた。

「じゃ、いただきます」

 後ろから抱きしめられているので顔は見えない。でも、聞こえた声は楽しそうで。きっとあの顔で目を細め、いつものように笑っているのだろう。

「ぁッ!」

 ずきり、と首筋に走る痛み。そして広がり始める、甘い感覚。首から背筋を電流となって流れ、手足の指先まで、ゆるり、ゆるりと。

「ん、ん、…っぁ、……ん、っ」

 零れる声は、耐えても耐えても抑えることが出来ない。牙を突き立てられる時間が長いほど、どんどん頭の中がぼやけて、足ががくがく震える。回らない頭は、デイダラのことしか考えられない。必死に名前を呼ぶ。

「デ、ダラぁっ、!ん、……デイ、っ」

「……ん」

 血を吸いながらも返される返事。ほんの少し、胸が締め付けられる。

「ん、も、無理……っ!」
「……」
「っ、ゃ、……あ、」

 かくん。

 完全に足の力が抜けて、床に崩れ落ちそうになる。デイダラが腕に力を入れて腰を支える。そして噛み付くのをやめると、傷口をちゅ、ちゅ、と吸い上げた。まだ意識に霞がかかったままの俺を抱き上げて、ベッドに下ろす。そしてぼふっ、と音を立てて俺の隣に寝転んだ。

「……大分我慢できるようになったな、……うん」

 笑いながらそう言って、俺の方に手を伸ばしてくる。汗で額に張り付いた前髪をかき上げられ、頬をそっと撫でられる。
 この瞬間が、今の俺にとって、一番幸せ。思わず目を細めてしまう。それを見て、デイダラはいつも楽しそうに笑うのだ。

「クク、ご馳走様」

 次も、もうちょっと我慢しろよ?

 血を吸われた疲労と、それによる貧血で落ちていく意識。その片隅で聞こえる声。目には最後までその吸血鬼の姿を映して。

「……おやすみ」

 血の代わりに与えられる快楽と、作り物の、優しく労わる言葉。血なら、いくらでも。代わりに、快楽よりも偽物の優しさを、どうか。どうか、俺に。






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