「で、話が有ったんだ」

 ぐったりとしたニールが話し始める。
 あの後、ニールはライルを叱り、シーツに潜って出て来なくなってしまったアレルヤを慰め、怒り心頭のティエリアを宥め、と大忙しだったのだ。その間に、元から用意してあったパンとチーズとオレンジジュース(刹那は牛乳)だけの簡単な朝食に、ライルが野菜入りのオムレツとサラダを付け足した。
 時刻はもう十一時。ブランチにするには丁度良い。六人はテーブルに着いていた。席順は、円形のテーブルに、ニール、ライル、ハレルヤ、アレルヤ、ティエリア、刹那だ。

「話、ですか?」
「ああ、食事当番を決めようと思う。今日から俺、ライル、アレルヤ、ハレルヤの順で交代な」
「はぁ!?」

 ハレルヤが思わず叫んだ。

「何でそんな面倒な事しなきゃなんねえんだよ!?」
「まぁまぁ、一部屋ずつ二人で交代するのは余計に面倒だろ?カフェテリアも有るが……私立だからちょっと値段がな」
「、けどよ、」
「ハレルヤ」

 アレルヤがハレルヤの名を呼ぶ。ニールとハレルヤは視線をそちらに向けた。

「僕が二日受け持つよ」
「おい、アレルヤ、それは……、」
「良いんです」

 焦って止めようとしたニールの声が遮られる。アレルヤはにこりと笑った。

「僕、料理は嫌いじゃないですから。それに……、」
「……?それに?」
「ハレルヤの料理はとっても美味しいから、食べるのは僕だけでいいです」

 微妙な空気が流れた。ニールの笑顔が引き吊る。ライルも冷や汗をかきながら少しニールの方へ逃げた。ハレルヤは髪をかき上げて溜め息を吐き、じゃあ頼むわ、と呟いた。

「で、俺が言いたかったのはな、何でアイツ等二人が当番に組み込まれてねぇのかって事だ」

 ハレルヤが指差したのは、黙々と食事をしているティエリアと刹那。ディランディ兄弟はギクリと体を強張らせた。

「コイツ等、料理もできねぇの、んん!?」
「馬鹿っ、ハレルヤ……!」

 ライルが慌ててハレルヤの口を塞いだが、もう遅い。ティエリアは視線をゆっくりとハレルヤに向けた。その眼光は、鋭い。

「……馬鹿にするな。料理ぐらい出来る」

 刹那もこくり、と頷いた。

「ニール」
「はいっ!?」
「今夜の夕飯は俺とティエリアで作る」

 ライルとニールは一気に青ざめる。ハレルヤ(口を塞がれたまま)とアレルヤは、ディランディ兄弟の反応を見て揃って首を傾げた。
 食事を終え、刹那とティエリアは立ち上がる。献立を考えると言って、ニールとライルが必死に止めたのも虚しく、二人は部屋に帰って行った。

「ハレルヤ、何て事してくれたんだ!」
「はぁ?別に俺は……、」
「お前さんはアイツ等の料理の恐ろしさを知らねぇから……!」

 ライルとニールの嘆き様を見てアレルヤとハレルヤも漸く事の大きさに気付き初め、僅かに青ざめた。





「……、胃薬は買っておいたぜ」
「「「……」」」

 今二組の双子はダイニングルームで料理を待っている。ライルはもう何も喋らない。ニールよりもずっと気分が悪そうだ。おそらく過去に何か有ったのだろう。ただならぬ雰囲気とニールの脅しとも取れる言葉に、ハプティズム兄弟も青ざめている。
 そして、とうとうその時が来た。キッチンから出てきたのは、お盆を持った刹那だ。

「ティエリアはまだ時間が掛かるらしい。とりあえず俺が作ったサラダを食べていてくれ」

 一人ひとりの前に皿が置かれる。沈黙が満ちた。そのまま数秒。やっとの事でゆっくりと口を開いたのはハレルヤだった。

「……サラダ、だと?」
「ああ、それ以外の何に見えるんだ」
「……」

 流石のハレルヤも言葉を失った。大根と人参の、輪切り。厚み、およそ一センチ。上に散らされているのは、おそらくシソ。

「好きなドレッシングを使え」

 三種類のドレッシング(有難いことに市販)を置き、刹那はティエリアを手伝いにキッチンへ戻って行った。

「……、食べ易さとか考えねぇのか、アイツは」
「大根と人参とシソって……なかなか無い組み合わせだね……」

 ハレルヤ、アレルヤは冷や汗をかきつつ感想を述べる。ニールとライルは既にフォークで野菜の塊を砕きにかかっていた。ライルがぼそっと呟く。

「……これはまだマシだ」
「ああ、刹那はまだ可愛いもんだぜ」

 ニールがライルの後を引き取る。

「問題はティエリアだ」
「僕が何か?」
「「「「っ!?」」」」

 聞こえた声に四人はびくりと跳ねた。刹那とティエリアがキッチンから出てくる。その手には、皿。置かれたそれに二組の双子は息を呑んだ。
 オムライスだ。美しく左右対称に整えられた形。卵には一切切れ目が無い。絵に描いたような完璧なオムライスがほかほかと湯気を立てていた。

「凄い、美味しそう!」

 いただきます、という言葉と共にスプーンでそれを掬うアレルヤ。ハレルヤも無言でスプーンを取る。

「「あぁあぁぁっ!」」

 ディランディ兄弟が叫ぶ。ハレルヤの隣に座っていたライルは咄嗟にその腕を掴んで止めたが、ハレルヤの向こう側にいるアレルヤを止める事は出来なかった。

 ぱくり。

 一口それを口にしたアレルヤがそのまま固まった。そして銀の瞳がじわりと潤み、涙がぼろぼろと溢れだす。

「「「アレルヤっ!?」」」

 ハレルヤがガタンと立ち上がる。ニールは慌ててキッチンへ走って行った。おろおろとハレルヤが涙を拭い背を撫でて抱き締めてやるが、その涙は止まらない。アレルヤは口元を押さえて俯いたまま、肩を震わせている。ニールが水を持って帰って来た。

「アレルヤ、飲め!」
「……っ、」

 水を受け取ったアレルヤは、一気に其れを飲み干した。ニールもハレルヤと一緒になって背を擦る。

「だ、大丈夫か?アレルヤ?」
「……っ、な゛、涙が、止まらないよ……っ」
「……泣くほど美味かったか?」
「違うに決まってんだろがァアァ!!」

 ティエリアの言葉に、ハレルヤは力の限り突っ込んだ。

「テメェ眼鏡、殺すぞォオ!!」
「は、ハレルヤっ、落ち着け!」

 ライルが暴れるハレルヤを羽交い締めにして止める。ニールはアレルヤの食べ掛けのオムライスの解体を始めていた。中のチキンライスが異様に赤い。

「……、なぁ、ティエリア。このチキンライスは何で味付けをしたんだ?」
「至って普通です」

 その言葉に冷や汗をかきながら首を傾げたニールに、未だ泣いているアレルヤが言う。

「っ、とりあえず、辛いです……っ」
「「……」」
「テメェふざけてんのか!?ぁあ゛!?」

 言葉を失うディランディ兄弟。更に暴れようとするハレルヤ。ライルが止めるのに苦労している。ティエリアはというと、ハレルヤの言葉に眉を寄せた。

「僕の何処がふざけていると言うんだ」
「まぁまぁハレルヤ、これでもティエリアに悪気は、」
「じゃあ自分で食ってみろよ!悪気がねぇってんならな!」

 そうまで言われてティエリアも黙ってはいられない。皆が見ている中で席に着いた。スプーンが口に運ばれる。

 ぱくり。
 もぐもぐ。
 ごくん。

「……、普通だ」
「「「「……」」」」

 ティエリアの言葉に返事出来る者はいなかった。





 その後は、ハレルヤがアレルヤの為に夕飯を作り、ディランディ兄弟はアレルヤに悪いと思いつつもハレルヤの料理を食べる事が出来た。残ったオムライスはティエリアと刹那が平らげた(刹那も平気な顔で食べていた)。
 そうして結局、刹那とティエリアに料理当番が回る事はなくなったのだった。





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