ハレルヤは生徒会室の有る旧校舎からそう離れていない中庭を歩いていた。追って来ないところを見ると、拒否権が無いなどというのはどうやらハッタリだったらしい。

「俺がそう簡単に言いなりになるかよ」

 今は一限目が始まって十分ほど経った時刻だ。勿論ハレルヤは、授業を受けにわざわざ教室へ帰るようなことはしない。

「……、部屋へ帰るか」





 ハレルヤは、同じクラスのミハエル・トリニティという生徒と相部屋だ。アレルヤと部屋が分かれた事でイライラしていたハレルヤだったが、ミハエルとは出会ってすぐに意気投合した。気を遣う必要が無く(もともと気遣いなどする気はハレルヤには無かったが)、楽だった。鮮やかなブルーの髪と泣き黒子が特徴の快活な青年。ミハエルはそういう人であった。
 だから、ハレルヤが開けた自室の扉の向こうに居る紫の髪に眼鏡の少年は、ミハエルではない。だとしたらこの少年は一体誰なのか。

「誰だ、テメェ!?」
「……僕は副生徒会長、ティエリア・アーデ。君を捕まえに来た」
「はぁ!?」
「執行部に入れ」

 迫り来るティエリアにハレルヤは後退りして廊下へ出る。そのまま逃げようとして体の向きを変えたハレルヤは、廊下の向こうに生徒会長の姿を見つけた。

「お、発見!」
「げっ!」

 目が合った瞬間走り出すニール。ハレルヤの部屋は運悪く廊下の突き当たりで、つまり、行き止まりだ。咄嗟の判断でハレルヤはティエリアを押し退けて部屋へ駆け込み、窓から飛び出した。一階であるため地面は近い。ハレルヤは難なく着地した。

「っ、なぁあぁっ!?」

 はずだった。足場が突然崩れ去る。窓から下を覗き込み、ティエリアは不適に笑った。

「落とし穴を仕掛けておいたのは正解だったな」
「っ、テメェ、手の込んだマネしてくれやがって!」
「ニール、ハレルヤがトラップにかかりました。捕獲して下さい」
「よし!」
「ああ、クソッ!」

 ハレルヤは死に物狂いで穴から這い出し、一目散にその場を後にした。





「はっ、はぁ、な、何だよアイツら!?」

 ハレルヤはただっ広い中庭を走り回り、疲れていた。その間に分かったのは、生徒会役員達は本気だという事だった。中庭のそこかしこに仕掛けられたトラップに障害物。ニールに遭遇して逃げ回った事も数え切れない。今は体育館裏に落ち着き、ハレルヤは休息を取っている。これから毎日これが続くのかと思うと少しぞっとするが、簡単に捕まる気も無かった。
 息を整え、ハレルヤは辺りを見回す。ここは木が多い。絶好の隠れ場所だ。と思ったのも束の間。木の陰に何かが見えて、ハレルヤは動きを止めた。

「……っ!?」

 そこにあったのは老若男女誰でも知っているガンダムのプラモデルであった。ただ、大きい。ハレルヤと同じ位の背丈がある。そして何より恐ろしいのは、それがハレルヤに向かって歩いて来ているという事だった。

「はぁあぁぁ!?」

 怖い。怖すぎる。久しく感じる恐怖に、ハレルヤは脱兎のごとく逃げ出した。走りながら後ろを振り返る。その機体が飛んでいるのが見えた。距離は縮まってゆく。

「(有り得ねぇえぇ!ヤバいヤバいヤバい!)」

 暫く逃げ回ったハレルヤだったが、地の利は相手にある。とうとう壁際に追い詰められてしまった。

「っ、何なんだよテメェは!?」

 予想はもうなんとなくついている。それでもハレルヤは叫んだ。ガンダムが動きを止める。その胴体部分がゆっくりと開いた。中から出てきたのは、黒髪に赤茶の瞳を持つ、小さな少年。

「俺の名は刹那・F・セイエイ。執行部員……いや、俺がガンダムだ」
「はぁ!?」
「ハレルヤ・ハプティズム。執行部に入れ」

 コイツ、電波だ。
 ハレルヤが抱いた刹那の第一印象はそれだった。じりじりと迫る刹那。もう逃げられない。
 いや、まだだ。一か八か、ハレルヤは空を指差して叫んだ。

「あ、あれ、本物のガンダムじゃねぇか!?」
「何っ!?」

 まさか引っ掛かるとは思っていなかったが。
 再び走り出すハレルヤ。走って走って、刹那が追って来ない事を確認して息を吐く。
 しかし休む暇はない。再びニールが現れたのだ。

「あ、ハレルヤ!今度こそ逃がさねぇぜ!」
「っ、ちくしょう!」

 ハレルヤにはもうほとんど体力が残っていない。しかしそれはニールも同じだ。

「(まだ勝算は有る!)」

 ハレルヤは校舎内に入り、階段を駆け上がった。ニールが僅かに遅れて距離が開いてゆく。

「(よし!)」

 最上階である三階まで一気に上りきり、どう逃げようか考えながら周りを見たハレルヤは屋上へと続く扉が少し開いている事に気付いた。入学初日の担任からの説明では屋上は立ち入り禁止となっていた。でも今そんな事を気にしている余裕はハレルヤには無い。だから鍵が開いているのがおかしいという事にも気付かなかったのだ。
 ハレルヤは残りの数段を駆け上がり、屋上へ飛び出した。扉をそっと閉めて中の様子を伺う。ニールの足音は三階に着いて少し止まったあと、ハレルヤが居るのとは違う方へと去って行った。
 それを聞いてハレルヤが安堵の溜め息を吐いたその時、誰かがハレルヤの肩を掴み、その体を180度反転させた。そしてそのまま誰かの腕がハレルヤの体を抱き込む。

「……つかまえた」

 耳元で響いた聞き覚えの有る声に、ハレルヤは心底驚いた。先程までハレルヤを追いかけていたニールの声と全く同じ。我に返ったハレルヤは暴れようとしたが、あまりにもしっかり抱き締められていて動けない。仕方無しにハレルヤは抵抗を止めた。

「テメェはワープでも出来んのかよ!?」
「へ?」
「何で、今……!」
「……ああ、そういう事か」

 生徒会長と同じ顔が楽しげに笑う。

「俺はライル・ディランディだ。執行部所属。生徒会長のニール・ディランディの双子の弟」
「はぁ!?聞いてねぇぞ、そんな……!」
「はは、そりゃあね」

 ライルはハレルヤを押さえたまま無線機を取り出した。

「こちらライル。ハレルヤを捕獲した。兄さん、高等部校舎の屋上まで来てくれ」
『こちらニール。よくやったライル!刹那、ティエリア、先に生徒会室へ戻ってくれ』
『ああ』
『了解』

 通信が切れる。ライルは唖然としているハレルヤの顔を覗き込んで笑った。

「でも凄いな、ハレルヤ。思ったより時間がかかったぜ?ほら、二限目開始のチャイム」

 ハレルヤは響くチャイムを聞きながら、一時間程しか逃げられなかった事に溜め息を吐いた。逆にライルは酷く上機嫌だ。にこにこと笑顔が絶えない。

「……、そんなに嬉しいか?」
「ああ、お前さんを執行部へ入れたいって言い出したのは俺だからな」
「……そうかよ」

 がちゃり。

 扉が突然開いた。屋上へ出てきたのはもちろんニールだ。ライルの腕の中に収まってしまって身動きの出来ないハレルヤを見て、ニールは呆れた顔をした。

「ライル、一体どんな捕まえ方したんだよ?」

「そのまんま。捕まえたんだよ」
「……まぁいい。生徒会室へ戻るか」

 そう言いながら近寄ってくるニールに、ライルが腕の力を少し緩めた、その瞬間。

「あっ!」
「ケッ、そう簡単にいくか!」

 ハレルヤはライルの腕を振りほどき、ニールの横をすり抜けて校舎内に飛び込む。ディランディ兄弟も慌てて後を追いかけた。三階の廊下を疾走するハレルヤ。速い。追い付けそうにない。
 ライルは何処からともなくオレンジのボールを取り出してニールにパスした。

「兄さん!」
「よし、狙い撃つぜぇえ!」

 ニールは振り被って、そのボールをハレルヤに投げつける。正確なコントロールでもって投げられたそれは見事にハレルヤの頭に命中した。ハレルヤは声も無く倒れ、そのまま動かない。ライルは引き吊った笑みを浮かべた。

「兄さん……コントロール良すぎ」





 気付いたハレルヤが一番初めに見たのは、心配そうなアレルヤの顔だった。

「ハレルヤ……!大丈夫?」
「……、ああ」

 ハレルヤは痛む頭を押さえてゆっくりと上半身を起こした。辺りを見回す。

「……、ここ何処だ?」
「旧校舎の二階だよ。生徒会役員と執行部員の寮なんだって」

 アレルヤが言い終えるとほぼ同時に扉が開いた。入って来たのはディランディ兄弟と刹那、ティエリアだ。

「気が付いたか?さっきは悪かったな」

 ニールの言葉にハレルヤは眉を寄せた。

「で?俺は執行部に入る事になってんのか?」
「出来れば入ってほしい」

 間髪入れずにライルが答える。ニールも困ったように笑った。

「大学部へ上がった先輩達が大勢辞めちまってさ、人手不足なんだ。今、執行部員はライルと刹那だけなんだ」
「ねぇ、ハレルヤ。僕からもお願いするよ」
「アレルヤ?」

 ハレルヤはアレルヤの方を見る。アレルヤはハレルヤの手を握った。

「僕、ハレルヤと同室が良い」
「は?」
「ここの寮、好きに使って良いんだって。執行部員になったら一緒の部屋になれるんだ」
「……」

 アレルヤと同室。それはハレルヤにとっても願ってもない事だ。それにハレルヤは生徒会と執行部のしつこさを今日で十分知った。今断ってもまた追いかけっこが始まるだけだろう。もともとどうしても断らなければならない理由も無かった。
 ハレルヤは溜め息を吐いて顔を上げる。

「……、分かった。しゃーねーな。入ってやんよ」

 こうしてハプティズム兄弟は執行部に入る事になったのだった。
 この後数日間はティエリアが仕掛けたトラップによる被害が続出して生徒会長に苦情が殺到し、ニールは対応に追われることとなった。





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