ふぁ、と息が出入りする僅かな音。マイクを通して響く声の中でも、それはニールにしっかり届いた。ニールは一番端の席に座っている。そして、隣にはティエリア。ニールに聞こえた音が、ティエリアに聞こえない筈がない。真っ直ぐに壇上を見詰めていたティエリアは僅かに首を傾け、ニールが居るのとは反対の席の主を眼光鋭く睨み付けた。そこに居る元凶は、目尻に滲んだ涙を拭っている。
 ニールは手帳を取りだし、付属の小さなペンでページの端にさらさらと文字を書いた。音を立てない様に慎重にページを破り取り、適当に折ってティエリアに渡す。眼鏡越しの赤い瞳が一瞬ニールを睨んだが、察しのいいティエリアは何も言わずにそれを更に隣へ回した。
 紙に書かれた内容は、こうだ。

“ライル、欠伸くらい我慢しろよ。ティエリアがイライラしてる”

 手紙を受け取ったニールの双子の弟のライルはペンを取り出すと紙の上に走らせ、ティエリアに返した。紙が再びニールの所へ戻ってくる。

“だって、入学式なんてダルいだろ?毎年思うけど、何で執行部も出席しないといけないんだよ?会長と副会長だけで十分だろ”

 ニールは苦笑して、更に文字を綴った。筆談が続いていく。

“仕方ないだろ?我慢しろよ。執行部に入れたいヤツは?”
“居ない”
“ちゃんと見てるのか?”
“此処から全員見渡せるわけないだろ?”
“まぁそうだけどな。刹那を起こせ。危ない”

 ライルは目で字をなぞり、そのまま視線を隣に移した。刹那がこっくりこっくりと船を漕いでいる。今にも椅子から落ちてしまいそうで確かに危ない。ライルはそっと手を伸ばし、肩をぽんぽん、と叩いた。

「刹那」

 小声で話し掛ける。しかし、意味がない。どうやら肩を叩いたのは不味かったらしい。刹那はライルの肩へ傾いて凭れ、そのまま本格的に寝始めてしまった。ライルは小さく溜め息を吐くと、再びペンを持った。

“起きない。寝ちまった”

 紙を、ティエリアに差し出す。

 ぐしゃり。

 聞こえた音に、ニールは隣を見た。先程までライルとのやり取りに使用していた紙が、ティエリアの手の中でくしゃくしゃになっている。ティエリアを怒らせてしまったらしい。双子は顔を見合せた。

「新入生代表挨拶。Aクラス、アレルヤ・ハプティズム」
「はい」

 よく通る声。ニール、ライルは、意識を舞台へやった(ティエリアは元より式に集中している)。一人の新入生が、壇上へ登っているところだ。ニールは小声でティエリアに話し掛けた。

「ティエリア、アイツは、」
「中等部には居なかった」

 簡潔な答が返ってきた。ティエリアは中等部の生徒であり、他の中等部生を全て把握している。ティエリアがそう言うのなら間違いはない。

「じゃあ、今年入学、か。代表ってことは中等部からの生徒を押し退けてトップになったのか……凄いな」

 淡々と読み上げられる挨拶。右目は前髪に隠れて見えないが、時折伏せられる銀の左目は大人しくて控えめな印象を与える。優しい話し方も好印象。
 ニールは、この新入生、アレルヤを気に入ってしまった。

「ティエリア、どう思う?真面目そうだぜ?」
「……貴方の判断に任せます」
「ライル、どうだ?」
「……、いいね。ちょっと真面目過ぎる感じはするけど、な」
「よし、決まり」

「続いて、在校生代表挨拶。生徒会長、ニール・ディランディ」

 ニールは呼び掛けに立ち上がり、舞台へ歩いて行く。ライルはというと、席へ帰るアレルヤを目で追っていた。ライルもアレルヤを気に入ったのだ。アレルヤがゆっくりと席につくのを見届け、視線を外す。外そうと、した。

「!」

 アレルヤとそっくりな生徒がその隣に座っている。どう見ても双子だ。しかし違う点も多い。前髪に隠れている目は、アレルヤと逆で左だ。色も銀ではなく、金色。そして最も異なっている点は、その雰囲気。着崩れた制服、組まれた足、目付きの悪さ。

「(……いいね)」

 面白いモノを見つけたよ、兄さん。
 ライルは心の中で呟き、笑みを浮かべた。





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