それから約五時間後、時刻はもう午後六時だ。
あの後、アレルヤとニールは一心不乱に、ライルとハレルヤも時折文句を言いつつ処理に励み、ティエリアと刹那は何事も無かったかの様に戻って来て仕事を始めた。その為思ったより早い時間に紙切れの処理は済み、もう既に申し合わせ事項(挨拶をしよう、などといったもの)は纏め終わっていた。
「さて、問題はこれからだ。要望いくぜ」
突然ニールが真剣な顔付きになった。不思議に思ったハプティズム兄弟の思考を読み取ったかのように、ライルが小声で言う。
「これが一番時間喰うんだよ」
「じゃあ、まず定番のカフェテリアについてだ。今回も有ったろ?」
「はい。メニューを増やせという要望が多数、それと値下げ要求も」
ティエリアが自分が纏めた分の紙を眺めながら答えた。
「……、いつもの事だが値下げは無理だな。メニューが他の学校よりちょっと豪華な分、な。まぁ一応カフェテリアに申し入れるか。で、メニューはどんなのだ……?」
「僕が見た分では……豪華過ぎる。ステーキ、等だ。学生の身分でこのような要求、万死に値する……!」
「まぁまぁ……」
眉を寄せたティエリアをニールが苦笑しつつ宥める。と、不意に刹那が口を開いた。
「ニール」
「ん?どうした、刹那?」
「俺が見た分にじゃがいも料理が異常に多い」
「ああ、こっちも」
ライルも刹那の言葉に頷きつつ、自分の紙をヒラヒラと振って嫌な笑みを浮かべる。それとは逆に、ニールはティエリアに睨まれて冷や汗を流した。
「じゃがいも?」
「……、兄さんの好物はじゃがいもなんだ」
なるほど、という風にアレルヤは頷き、ハレルヤは鼻で笑った。
「とりあえずカフェテリアに申し入れましょう、じゃがいも料理以外は。次の要望は?」
スパリとティエリアがこの話を切り上げる。有無を言わせぬ調子に、ニールは仕方なく話を進めた。
「えーと、じゃあ体育祭は?」
「あ、僕の所に種目を増やしてっていうのがあったよ」
今度はアレルヤが答えた。
「具体的には?」
「えっと……騎馬戦、だって」
「あー、それ、危険だから数年前に取り止めになったんだ」
「おい、こっちにも有るぜ」
ハレルヤがぼそりと言った。
「何だ?」
「模擬戦、だとよ」
「意味が分からない」
再びティエリアがスパリと切り捨てる。
「騎馬戦の間違いじゃねぇのか……?」
ニールが溜め息を吐いた。と、ハレルヤが再び口を開く。
「種目とは関係ねーけどよ、すっげぇ引っ掛かるのがあんぜ?」
「引っ掛かる?」
「体育祭の優勝クラスへの景品をガンプラにしろ、だとよ」
無論、皆一斉に刹那を見た。
「刹那……」
「……どうした」
「無理だからな!」
「……ちっ」
ニールの言葉に刹那は舌打ちする。ニールは思わず脱力した。ライルは笑っている。
「こっちにも有るよ、球技大会の景品をガンプラにしろって。懲りないよなぁ、刹那も」
刹那は静かにライルを見た。
「懲りないのはどっちだ。また有ったぞ、校内に煙草の自動販売機を置けと」
「う、」
「ライル、またか……絶対その要望は通らねぇって」
この学園は、全敷地内禁煙の筈である。
「あー、もう良い……俺、流石に疲れて来たぜ……」
苦労人、ニールが項垂れる。
この後も処理に困る要望が続き、全てが終わったのはやはり、夜だった。
後日、生徒総会は無事に済み、その日の夕方、疲れきったニールのためにコーヒーを淹れながらアレルヤが提案した。
「やっぱり、意見箱で意見を集めるの、止めたらどうですか?」
「あー…そうしたいけどやっぱり伝統だしなぁ……」
マグカップをテーブルにそっと置き、アレルヤは微笑んだ。
「やっぱり生徒会長、ですね」
「、ん?」
「ふふ、生徒総会、格好良かったですよ」
「……っ、アレルヤ……!」
「っ、わぁっ!」
ニールはぱぁっと表情を輝かせてアレルヤの腰に抱き付いた。アレルヤは僅かに赤くなりつつふわふわとした柔らかいチョコレート色の髪をそっと撫でる。
微笑ましいその光景を見ながら、ハレルヤがぽつりと呟いた。
「……俺らの存在、忘れられてねーか?」
「そうだな……兄さん、ティエリアが居ないのを良いことに……」
ティエリアがこの場に居たのなら不謹慎だと言って二人を引き剥がしにかかっただろうが、今彼は校長の元に行ってしまって不在である。
ふと、ライルが笑みを浮かべる。
「俺も疲れたぜ。癒してくれよ、ハレルヤ」
「……、おい、俺に癒しを求めるな」
ライルがハレルヤの腰を引き寄せ、ニールがアレルヤにしているのと同じように抱きつく。
「離れろよ、テメェ!」
「やだ」
「ガキみてぇな事言ってんじゃねぇ!おい、マジで止めろ、危ねーぞ!」
「?危ないって、」
その時、ライルからハレルヤが引き離された。次の瞬間、ライルが目にしたのはハレルヤに抱き付いているアレルヤだった。
「ハレルヤが嫌がってます、止めて下さい」
「、っ!」
絶対零度の笑顔。空気が冷える。
固まってしまったライルと遠くで冷や汗を流すニールを見てハレルヤは思わず笑い、だから止めろって言ったのに、と呟いたのだった。