考査期間中、生徒会室は生徒会役員及び執行部員の勉強部屋となる。今回も六人(とミハエル)は、ここで勉強に励んでいた。

「兄さん、ここ、どうなんの?」
「あー、これは……、」

 ニールがライルの差し出したノートに少し書き込み、解法を教えてやる。ライルの苦手な化学だ。

「こうで、だから……、」
「あー、分かった。ここからはいける。サンキュ、兄さん」
「ああ」

 再び机に向かって問題を解き進めるライルを確認して、ニールはぐぐぐ、と伸びをした。その時目に入ったのは、頭を抱えたティエリアだった。どうやら様子がおかしい。

「ティ、ティエリア……?大丈夫か?」
「……」

 返事が無い。机の上に開いたまま置かれている現代文の教科書を見て、ニールは納得した。
 ティエリアの成績は完璧だ。たった一つ、現代文、詳しく言えば小説の時だけを除いて。本人曰く、心情が理解出来ない、とのこと。
 どうやら教科書に付いている記述問題をやっていた様で、赤ペンを持って自分の解答をゆっくりと模範回答と比べ始めた。数秒が経ち、ペンが回答をぴっ、と跳ねる。

「それでも!」

 また、数秒。

 ぴっ。

「だとしてもっ!」

 また、数秒。

 ガンッ!!

「「「「「っ!?」」」」」

 突然響いた大きな音に、ニール以外も皆ティエリアの方を見た。ティエリアはというと頭を机へ打ち付けたままの状態で静止している。

「俺は……っ、僕、は……っ、私は……っ!」
「ティエリアっ!落ち着け!」

 ニールがティエリアの所へ駆け寄って肩を叩くが、ちゃんとした反応は返ってこない。仕方無く、ニールはティエリアを生徒会室から連れ出した。

「……何だァ?」
「ティエリアの発作。たまにああなる」

 可笑しげに笑いつつ、ライルがハレルヤに答えた。

「……アイツの方がうるせぇじゃねぇか……」
「んー、なぁ、ハレルヤ、これどうやるんだ?」
「これか」

 かく言うハレルヤはといえば、何だかんだでしっかりミハエルに勉強を教えてやっていた。やはり面倒見は良いようだ。

「でな、ここの計算がポイントだ。ここは……、」
「ねぇ、ハレルヤ」

 不意にハレルヤの声をアレルヤが遮った。

「あん?んだよ、アレルヤ?」
「ここの計算がちょっと……」
「あー、後で良いか?今大事なとこだからよ」

 そのまま再びミハエルの方に向き直って説明を始めてしまうハレルヤ。アレルヤはきゅ、と眉を寄せると不意にライルの所へ行って、先程までニールが座っていた椅子に腰掛けた。

「……ライルさん」
「ど、どうした、アレルヤ?」
「ハレルヤは、僕のことなんてどうでも良いのかな……?」

 アレルヤが悲しげに言った。ライルの背を冷や汗が伝う。

「(兄さーんっ!)」

 ライルは今この場に居ない兄、ニールに心の中で助けを求めた。今の状態のアレルヤをニールのように的確に慰めてやる自信が、ライルにはない。

「そ、そんなことは無いと思うぜ?」
「……根拠が有るんですか?」

 マズイなぁ、とライル思う。アレルヤは大分ネガティブになってしまっているようだ。

「あー、だってさ、双子ってのはやっぱり普通の兄弟と違って……ほら、こう、特別だろ?俺だってたまに兄さんに邪険に扱われて辛い時は有るが……、その後ちゃーんと甘やかしてくれるし。ハレルヤも絶対そうだって」
「……、そうかな?」
「ああ、どうでも良いとか、そういうんじゃないと思うぜ」
「……そっか」

 ふわり、とアレルヤが微笑む。気が楽になったのだろう、ライルにとっては久しぶりの癒し効果を持った笑顔だ。そして同時に、ライルの胸がきゅう、と締め付けられる。

「(かわいい……!)」

 人を慰めるという柄じゃない大役をやってのけた自分に対する褒美として、ライルはアレルヤの頭をそっと撫で、自然な動作でその身体を抱き寄せた。

「、ライル、さん?」
「アレル、」
「おい、テメェ、ライル。」

 アレルヤの名を紡ごうとしたライルの唇は、怒気を含んだ声によって止められた。ライルが恐る恐る視線を向けた先には、勿論、兄思いのハレルヤ。

「アレルヤになんかしやがったらただじゃおかねーぞ」

 ライルはただ頷くことしか出来なかった。

 がちゃり。

「うわ、なんかこの光景デジャヴ」

 突然扉が開き、ニールが入ってきた。ライルに抱き締められているアレルヤを見て苦笑する。

「あ、兄さん、ティエリアは?」
「ああ、大分落ち着いたぜ?一旦休憩するってさ。……おい、刹那、起きろ!」

 ニールは机に突っ伏して眠っている刹那に気付いて傍に寄り、起こそうと身体を揺らし始めた。

「ん……、」
「お、起きたか?」
「俺、が……ガンダム、だ……」
「……」

 ニールは大きな溜め息を吐いて肩を落とす。そこへライルが近寄ると、身を屈めて刹那に顔を近付けた。

「ライル?」
「まー見てて。……刹那、今すぐ起きないとティエリアがガンプラ燃やすってさ」
「っ、何だとっ!?」

 跳ね起きる刹那。焦ったようにきょろきょろと周りを見回すその頭を撫で、ニールは苦笑した。

「大丈夫だ。嘘だよ。ところで刹那、お前さん、なんだかんだで全然勉強してないだろ?大丈夫なのか?中間考査もあんまり良くなかったみたいだし」
「……問題無い」
「いや、有るだろ。学期毎の評価が二以下だったら、執行部を辞めないといけないんだぞ?」
「やる気が出ない」

 刹那はそう言ってニールを見上げた。心なしか、その瞳はキラキラと輝いている。慌ててニールは視線を逸らしたが、なおも期待に満ちた視線は向けられている。要するに、これは。

「……褒美、か?」
「俺がガンダムだ」

 そうらしい。ニールはまた溜め息を吐いた。溜め息を吐くことによって幸せが逃げるというのが本当ならば、ニールにはもう幸せが残っていないだろう。横目でそのやり取りを見ながら、ハレルヤはそう思った。





「なぁ、兄さん」
「どうした、ライル?」
「アレルヤ、すっごく機嫌良さそうだな」
「……そうだな」

 立ち入り禁止の屋上で、生徒会役員及び執行部員は昼食を摂っていた。今日はちゃんとハレルヤも居る。テストが終わってミハエルに時間を割く必要の無くなったハレルヤは、(きっとライルがアレルヤを慰めるのを聞いていたのだろう、)いつもよりアレルヤを甘やかしていた。

「ハレルヤ、そのパンちょっと分けてよ」
「良いぜ。……お前、クリーム付いてんぞ」
「え、どこ?」
「ここ」

 ぺろり、ハレルヤがアレルヤの唇に付いていたクリームを舐め取り、アレルヤがそれに真っ赤になる。なんとも仲良さげで良いのだが、兄弟にしては少々空気が甘過ぎる。それを打ち消すべく、ライルは口を開いた。

「ハ、ハレルヤ、アレルヤ、テストはちゃんと出来たか?」
「ええ」
「当然だろ?」

 あっさりと返ってくる良い答え。流石学年首位、と言えるだろう。

「ティエリアは?」
「僕に不可能は無い」
「……発作起こしたくせ、んん!?」

 ライルは冷静に手のひらでハレルヤの口を塞いだ。ニールが慌てて刹那に話を振る。

「刹那はどうだったんだ?」
「問題無い」
「……本当か?」
「ああ」

 その後、刹那の順位がティエリアを抜いて一位になっていて、ティエリアがまた発作を起こすことになる。刹那はニールから新しいガンプラを受け取り、大層機嫌が良かった。執行部の神秘、刹那・F・セイエイ、恐るべし。




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