2月6日





午前7時。
庭の方から閉め切った襖を隔てて鳥達のさえずりが聞こえてくる。
「……。」
今日は非番だからたまにはゆっくり寝ていようと思っていた山崎だったが、そんな考えに反して意識が眠りから覚めた。
習慣というのはなかなかスゴいものだ。
二度寝をしようにも本人の意思を無視して意識だけでなく目まで覚めてくる始末。
山崎は自身の規則正しさに感心すら覚えながら同時に少し嫌気も感じて、それでも覚めてしまったものは仕方ない、そう思って素直に起きる自分もまた溜息ものだったが、これ以上そんなくだらないことに思考を廻らせるのは馬鹿馬鹿しいし、だんだんワケが分からなくなる。それに何よりも自分自身にしたダメだしで気分が落ちる。それこそなんて馬鹿らしいのだろう。
「どうでもいっか〜…」
呟いて、両手を上に思い切り伸ばす、いわゆる"のび"をしながら大きな欠伸を一つ。
山崎が呟いたまったくもってその通りの"どうでもいいこと"にいちいちへこんでいるのは勿体無い。
今日は2月6日。



2月6日


今日は俺の誕生日だ。
まぁ、昨日局長に言われるまですっかり忘れてたんだけど。
「山崎、明日非番なー。誕生日だからゆっくり休ませてやってくれ、ってトシが」
「え、でも」
「大丈夫大丈夫!山崎が休めるようにトシがちゃんと予定組んでたから」
半ば強引に休みにされた。
そういえば、土方さんがそんなようなことを言ってた気がする。
"早めに仕事を片付けるから、その後何かウマいもんでも食いにいこう。それまでゆっくり休んどけ"、だとかだったような。
休みが嫌なワケでは決してないし、ここは喜ぶところのはずなんだけど、一緒に出かけるはずだった言出しっぺの本人は、急な出張で2日前から屯所を留守にしているという状況。出張から帰ってくるのは明日の予定。素直に喜べるわけもない。
丸一日の休みは独りで過ごすことになりそうだ。さて、どうしよう?
普段は仕事やら雑用やらで毎日忙しく、休みでも土方さんの身の回りの世話だとか書類整理の手伝いだとかであっという間に一日が終わるのに(まぁこれは俺が好きでやってることなんだけど)、今日は予定がない。
もともと今日は土方さんと食事に出掛けるだけの予定だったから、土方さんの出張でそれが無理になった今、やることが何もなくなってしまった。
布団の中で仰向けに寝転んだままボケっとそんなことを考えていたけど結局何も良い案は見つからず、布団から出て襖を開けた。
暗い部屋の中に清々しいほどの朝の光が射し込む。
「…ミントン日和だ」
晴れ渡った空を眺めながらぼそりと呟き、ミントンでもするかなーという考えに到った。
とりあえず布団をたたみ、着替える。
そうしてるうちに腹の虫がぐうと鳴いたから、ミントンの前に屯所内の食堂で朝ご飯を食べることにした。


「あら、今日は休み?」
食堂に着くとおばちゃんがそう聞いてきたから、「うん。B定食ねー」と短い返事だけを返す。
食堂に備え付けられたテレビをつけると朝のワイドショーでお通ちゃんの特集をやっていて、それを見ながら5分足らずで用意された朝食を黙々と食べる。

「おっ、山崎発見〜」
前方から声がして顔を上げると、銃を片手に持ち銃口をこちらへ向けて、二マリとイヤな笑みを浮かべる人物。
「沖田隊長……。…一体何の真似ですか、これは」
この人はまた何を企んでいるというのか。
黒い笑顔と銃口を俺に向ける沖田隊長に、俺は顔が引きつりながらもひくひくする口角をどうにか上げて口元だけで笑いながら尋ねる。
沖田隊長は俺の言葉に返事をすることなく銃爪に添えられた右人差し指をゆっくり動かすと、銃からカチリと鳴る金属音。

パァンッ 「うわっ!」

思わず声をあげて反射的に目を固く閉じつつ両腕で頭を抱えテーブルに伏せた。が、銃音は予想以上に軽くて、痛みも全くない。
恐る恐る片眼だけをゆっくり開いて少しだけ頭を上げつつ、ちらりと沖田隊長のほうを見る。
向けられた銃口からは、小さな旗が顔を出し、"はっぴーばーすでぃ"と書かれたこれまた小さな垂れ幕がヒラヒラと靡いていて、辺りは色とりどりの紙吹雪が散っている。
開いた口が塞がらずア然としていた俺の頭から、ひらりと紙吹雪が一枚舞い落ちた。
確かによくよく見るとその銃はおもちゃなのだが、なかなかリアルに出来ていて、この人はどこでこんなものを見つけてきたのだろうと悪戯好きの成せる技はスゴイなと感心した。

「んじゃ、そーゆーことで。」
俺の反応に満足したのか、含み笑いでそう言った沖田隊長が後にした食堂は、まるで嵐が去った後のようにし〜んと静まり返り、俺の周囲は銃から飛び出した紙吹雪で散らかっている。俺が片付けなきゃいけないのか、と思うと少しがっくりしたけど、沖田隊長なりのサプライズなお祝いは何気に嬉しかった。
一部始終を見ていたおばちゃんの「何、あんた誕生日なの?」という言葉で静まり返った食堂内の沈黙が破られる。おばちゃんは俺の「うん、誕生日」という返事を聞くなり、キッチンの奥へ入って行って何やらごそごそやっている。
「これ、おばさんからのサービスね。誕生日なんだろ?こんなものしかないけど…おめでとさん」とキッチンから出てきたおばちゃんがにっこり笑って俺にくれたのは生クリームでデコレーションされたプリン。
「やった!ありがとう」
俺は沖田隊長が残していった散らかったままの"プレゼント"を片付けて、おばちゃんから貰ったプリンを食べた。


午後4時。
あれから庭でミントンをしたり部屋の掃除をしたりテレビを見たり色々してこの時間まで暇をつぶせたけど、もう思い付くだけの暇つぶしはやり尽くしてしまって、次は何をしようかと考えても何も思い浮かばない。
屯所から出れば何か面白いことでも見つかるかなと思い、散歩に出ることにした。

外に出て大通りまで足を運んでみると、どこもかしこも家族連れやカップルで賑わっている。
そういえば今日は土曜だった。
週末ともなればどうりで人が多いはずで、休日を家族や恋人同士で過ごしているたくさんの人達を何となく羨ましく感じる。
誕生日なのに独りで休日の町を散歩しているなんて、俺ってば寂しい奴。
沖田隊長や食堂のおばちゃんにサプライズなお祝いを貰って、それから近藤さんにもあの後プレゼントを貰った。中身は映画チケット2枚。土方さんと俺が食事に行く約束をしていたのに、土方さんが出張になってしまったお詫びも兼ねて、らしい。別に近藤さんのせいではないと思うんだけど。仕事だから仕方ないし。
近藤さんは、土方さんと俺の2人で行ってきたらいいよと言っていたけど、いっそのこと今1人で観に行ってしまおうか。確か、ちょうど今日から前に観た映画の続編が上映されるはず。少し投げやり気味にそんなことを考えてみた。もちろん、そんな気など全くないけど。
なんだかんだで色んな人から誕生日のお祝いを貰ったり、おめでとうの言葉を貰ったりもした。
もちろん嬉しかったけど、何かが満たされない。寂しさすら感じる始末。
その原因は自分でも解りきっているけど、だからといってどうすることも出来ないこともよく解っている…頭では。気持ちがそれに付いていかなくて、時間が経つにつれて寂しさが暴走していく。
仕事だから仕方ない、なんて、自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。そう気付いた瞬間、頭を駆け巡る思い…


…土方さんに会いたい。


「山崎!」「?!」
そう思った途端に土方さんの俺を呼ぶ声が聞こえた気がして、振り返ったけど目に映るのは人混みだけで、土方さんに会いたいと思うばかりに幻聴まで聞こえてくるなんて、俺もつくづく諦めが悪いなと思った。
「山崎ー!無視してんじゃねー!」
…あれ、聞き違えじゃない?
再度振り返ってみる。
すると、人の群れを掻き分けて俺の元へ駆けてくる、俺が会いたいと願った人の姿。

「土方さん…!」
「〜っ、やっと見付けた…」
俺の左肩に右手を乗せながら、土方さんが一言、呼吸も荒く呟く。
「…何してるんですか…?」
「何してるんですか?じゃねー、馬鹿たれ!おま…携帯、電源切ってるんじゃねーよ…げほっ!」
言われてポケットの中の携帯を見ると画面は真っ暗。
「あ…電池切れみたいです…てか、大丈夫ですか?」
携帯を確認していた俺の隣で咳き込む土方さんの背中をさすりながらそう聞くと、深呼吸をして「電池切れ、って…俺がどれだけ探し回ったと思ってんだよ…」と俺の肩を掴む手の力を少し強めて土方さんが言う。
「…ごめんなさい…てか、出張だったじゃないですか。何でここに…」
「…一緒に飯食いに行く約束しただろーが。俺、早めに仕事終わらせるからって言っただろ…だから、急いで切り上げて来た」
帰ってくるのは明日の予定だったはずなのに、俺とした約束のために土方さんは仕事のペースを上げて急いで終わらせて帰ってきてくれたんだろう。肩で息をしていた先ほどの土方さんを思い出して、相当探してくれていたんだなと思うと、何もかもが嬉しすぎて不覚にも涙腺が緩む。
ついさっきまで寂しいなんて思っていたから余計に。

「おまえ何涙目になってんだ…?」
「べ、別に涙目になんてなってませんよっ」
なんだか照れくさくて、土方さんに背中を向けたら、
「遅くなって悪かったな」と隣にきて俺の顔を見ないフリをしながら、土方さんが俺の頭をがしがしと大きな手で撫でた。

「じゃ、気を取り直して夕飯でも食いに行くか」
いつの間にか辺りは日が落ち始めて、空は青から橙色へ綺麗なグラデーションを描いている。
「何が食べたい?」
「お寿司がいいです!」
「よし、今日は廻ってないやつにするかー」
「やった!」

「山崎」
「はい?」


「誕生日おめでとう」


いつになく優しい表情で土方さんが微笑む。
2月6日、誕生日に大好きな人と一緒に過ごせて、俺は幸せ者だなと思った。

「誕生日プレゼント、何が欲しい?」
「…土方さんが一緒にいてくれたから、それだけでいいです」

それだけで十分幸せだ。



Feb.06,2010 黒江ゆきじ
山崎おめでとう!
※2月いっぱいはフリーです。





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