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拝火式アモック

「私が鬼殺隊に入ってる理由?」

 軽い調子で振るった刀から、血が飛び散る。ぶんぶんと物干し竿の汚れでも振り払うような動作で血糊を落とし、納刀した名前は、同期の質問を鸚鵡返しに聞き直した。

「え〜、うーん。だって、よくある話だよ? ここじゃ、話してもまたかって思うような事情ってやつ」
「む、話したくないならば無理に尋ねるようなことはしないが!」
「いや、そんな大層なものじゃないし。家族が鬼に喰われて天涯孤独になっただけ」

 あっけらかんとして言い放った名前は、煉獄の顔にかかった翳りを見ると、自分が返答を間違えたことを察した。あまり気にしないでほしくて何でもないことのように言ってみたが、失敗したようだ。あまり深く考えて行動することができない性質の彼女は、時々こうして失言をする。普通の町娘として生きていたなら、それこそじゃじゃ馬娘として嫁の貰い手もなかったかもしれない。そういう意味では、今の生活もこれはこれで悪くないと思っていたが、やはり薄情に見えるだろうか。家族を奪われた悲しみも、鬼への憎悪も忘れたつもりはないけれど、常にその面持ちでいるのは名前にとって難しいことだった。慣れるしかないと、そう思っていたもので。
 そうか、と呟いて考え込む煉獄から目を逸らし、自分の日輪刀を月光に透かして見る。少ない光源を貪欲に呑み込んでしまいそうなほど、その刀はただひたすらに黒かった。色変わりの刀とも呼ばれる特殊な鉄の武器。名前が握った途端、石炭のような黒刀になってしまった。それも一時期気にしていたことだが、なんだかんだで育手から教わった呼吸は自分に合っているようなので、最近では何を思うことも少なくなっていた。強いて言えば、付着した血の汚れが見づらくて少々手入れが大変だとか、そんなところ。

「そういえば煉獄、もうすぐ柱になるんでしょ? おめでとー」

 それはつい最近舞い込んできた報せだった。近々、就任の儀をやるとかやらないとか。名前にとっては雲の上の話なので詳しいことは知らないが、情報としては確かなので祝いの言葉を口にした。数少ない同期の中でも成長著しい彼だったが、遂に柱の役職にまで到達してしまうとは。大出世だと思うが、彼の家柄は代々鬼殺を生業とし、脈々と炎の呼吸を継承してきた名家だそうなので、彼にしてみればなるべくしてなった結果なのかもしれない。名前は煉獄の家についてはほとんど何も知らない。弟についてはよく話すので、そのことだけは他の人より少し詳しくなっていると思う。妙な優越感を覚えてしまいそうな心地になったので、その辺りで考えるのを中断しておいた。自分のような凡人に、自惚れはとかく猛毒のようなものだ。

「ああ、ありがとう! 鬼殺隊が炎柱として、全身全霊をもってお館様のご期待に応えるつもりだ!」

 ぱっと、火花が爆ぜるように。陰気な夜も遍く照らし出してしまいそうな眩しい笑顔に、名前は目を細めた。これだ、こういうところが大変宜しくない。蚤のような、矮小な心臓を持っている人間のことさえ、簡単にこうして暖めてしまう。この笑った顔が見られただけで、祝辞を述べた甲斐はあったとか、今夜任務を共にして良かったとか、そう思ってしまう己がいる。それが嫌で彼との合同任務の前は憂鬱な気持ちになるが、でもだからといってお館様に具申して斟酌してもらうようなことでもないのだ。全く、心とは儘ならないもので、けれどそれだけに人間として生きる意義がある。彼は気付いているだろうか? こうして、一人生き残った絶望を呑む心に灯を点けて、その持ち主の誰かを生かしてしまっていることを! 彼のせいで生きていたくなった。だけれど、彼のためなら死んでも惜しくないとさえ思ってしまっている。他に賭けるものなど何もない。ただ、名前は彼にそのことを告げたりはしなかった。流石にそれを言ってしまうのはあんまりだ。本当の理由などそれこそ言わぬが花というもので、その価値は名前だけが知っていればいい。

「もう気軽に煉獄〜っとか呼べないか。これからは炎柱様って呼ばなくちゃね」
「俺は気にしない! 名字の好きなように呼ぶと良い!」
「いやいや、気にしなきゃ駄目でしょ。九人しか選ばれない、強くて偉い人になるんだよ、煉獄は。組織なんだから示しがつかないって」

 煉獄が溌剌とそんなことを言い出したので、名前は少なくない動揺を覚える。着実に頭角を現す彼とて、なんだかんだ同期としての誼を感じていたのだと思うと、心は浮き立って仕方なかった。とはいえ、それはそれ、これはこれというやつだ。照れ隠しも含めてそう返すと、煉獄はまたふっと口を閉ざした。何か言おうとしてやめたような、それでいて言い直そうとしているような、若干ぎこちない態度のまま、組んだ腕の上膊を指でとんとんと忙しなく叩いている。珍しいこともあるものだ、あのハキハキ快男児が、と眺めていると、慎重に言葉を選んだらしい唇が何事かを紡ぎ出そうとしていた。「…君だから気にしないんだと言ったら、」よく通る煉獄の声が何がしかを伝えようとしたその時、大きな雷鳴が轟いた。瞬く間に降り出す驟雨に、隠の人々もてんやわんやの騒ぎになる。雨風を凌げる場所に移動しよう、という話になった頃には、彼もすっかりいつも通りに戻っていて、流されてしまった言葉の結びのことなど、名前の頭からもすっぽりと抜け落ちていた。




 きっかけや動機なんてそんなものだ。大して物事を占めるものでもない。
 名前は自分の刃の切っ先を見ながら考える。この刃の色が赫であったなら、こうも思い煩うことはなかったのに。柱となる彼の背を追って、継子にしてくれと頼むことも吝かではなかったはず、なんて思うことは流石に驕りが過ぎるだろうか。鳴かぬ蛍は臓腑を灼き焦がし、じくりじくりと後引く痛みを生み出す。そこからこの身を隅々まで駆け巡る色、それだけが名前の持つ赤だった。骨の髄にまで潜み忍ぶ愛の色。深呼吸を使って酸素を乗せれば、それは燃え上がるように彼女へ熱を与する。
 恥ずかしくて言えやしない。気味悪がられるかもしれない。想う誰かとお揃いのものが欲しかったという、そんな幼稚な理由で名前は己が振るう刃の色に一度失望し、それから自身の血液に希望を見出した。減れば死に至るその色彩を見れば、その都度自分がただの人間でいられることを再確認できる。鬼が死に際に撒き散らす同じものよりも、いやそれどころか同胞の人間の誰よりも、自分の血は真っ赤に咲くだろう。それは最早恋い焦がれた焔の色でなかったとしても、彼への感情を思い出させてくれるものなら何だって良かった。だからなおさら、煉獄には言えない。あの耀くような火炎色の眸に蓋をして曇らせてしまうのは、あまりに忍びなかった。いやむしろ、怒らせてしまうのでは? 憤怒に揺らめく眩い眼差しを想像してみる。それは、少し…「…魅力的、かも」名前は口からまろび出た本心を思わず塞いだ。四方を振り返り、肝心の本人がいないことを確認してから、仕様もない溜め息を吐く。今のは失言だった。流石にわかっている。けど、ねぇ、だってしょうがないでしょう。恋情とは恐ろしいもので――とりもなおさず痘痕も笑窪というやつなのだが――なんなら、あの義憤の対象になる鬼どもが羨ましいとさえ思えてしまうのだ。怒られたいわけでも殴られたいわけでもないはずなのに、名前は煉獄が絡むとどうも調子が狂った。ちょうどまさにその瞬間に相棒の鴉が飛び出してきたせいで、抜き身の刀を持ったまま叢に突っ込みそうになるほどに、心ここに在らずの状態だった。

「なにもう…え、煉獄が?」

 こうして物思いに耽っている原因は他でもない。何の因果か、この日も煉獄との合同任務だったのだ。何も言うつもりがないくせにぽつぽつと朱を注いでごねる名前を引っ張り出した優秀な鴉が言うには、別行動した煉獄の方に鬼が姿を現したとのこと。聞くや否や、賢い鳥である鴉の目を抜くほどの速さで地を蹴った名前を、彼は鴉なりに呆れた目で見送り付き従う。この時の彼女たちに、虫の知らせなどという悪い予感はなかった。名前はいつだって、心に小火など灯してくれていった男の灯影を追いかけている。きっと本人は、よもや夢にも思わないだろう。それでも、呑み込まれそうな夜の暗闇を煌々と明かすそれだけが、彼女にとっての生存の礎なのだ。
 間延びする緑の風景をも斬り裂いて、名前は倒すべき標的の許へ向かう。辿り着いた先では、煉獄が刀を抜いていた。三宝荒神が息吹を吹き込んだかのように、美しい炎を閉じ込めた刀身。それにいつも通り見惚れてしまったからか、幸か不幸か。彼の死角から伸びる爪を名前は目撃してしまった。それが彼の身体を害そうとするのが、この上なくゆっくりと流れて見える。そして、できる、と思った。その間に自分の身体一つを挟んで、彼を守ることが。やろうと思った時、単純無比な名前の身は既にそこへ割り込んでいる。理想的でない要素があるとすればそれは、彼女が咄嗟に盾にしたその刀が鬼の膂力で真っ二つに砕けたために、その勢いを殺しきれなかったことだ。

「名字!!」

 至近距離であの大声を出さないでほしい、引き裂かれた腹に響く。いやに冷静な頭でそう思った名前だったが、少し口を開いただけで血が溢れるので言葉を発しようがなかった。頽れる身体を支えてくれるのが誰なのかは訊くまでもない。見事な炎の刺繍を施した羽織の端が見える。それを自分の血で汚してしまうのが、ただただ申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
 名前は根本的に考えなしだ。煉獄を庇う、本当にそのことしか頭になかった。どうやったらより傷が少なくて済むだとか、そういう事柄を考えるような脳の容量はない。大切にしてしまった人物の身命を守る代償に、自分がどうなるかなど関係ないと、心のどこかで思っていた。ともすればこれは、遠い日に家族を置き去りにしたことへの、贖罪が過ったのかもしれない。

「しっかりしろ! 呼吸を維持するんだ! 心を強く保て、名字!」

 彼女を抱えて鬼から距離を取った煉獄は必死にそう呼びかける。できなければ死ぬという状況でも、彼の言葉はまるで号令のように力強く響く。仕損じることなど有り得ないと言わんばかりに、いやまあ確かにやらなければこのまま死ぬのだが。どんなに死にたくなっても、彼はそれを赦すことをしないだろう。完全無欠の好意が存在しないという前提で、名前が煉獄について嫌いなところを挙げるとするなら、もしかするとそこかもしれない。名前は煉獄への懸想の感情には執着しているが、自分の生死は畢竟どうでもいい。だって報われないのだ、この火種は。自分を生かす炉心にしてきたこれは、ひとえに彼の炎が少しでも悲しみに曇ることがないようにするための、理由付けに過ぎない。名前にとって全てを凌駕するのがその感情であることに、煉獄が理解を示すことを期待はしない。自覚した時から決めていた。死んでしまった時、寂しくさせる理由をこれ以上増やさないと。
 ああ、だけれども。名前は折れた自分の刀を思う。自分は今日までそれを、鬼を滅殺することで彼への想いに焚べる薪としてきた。石炭の如き刃はどれだけ叩いても炎の色を宿すことはなかったが、燃料にするにはちょうど良かった。黒い色だって、炎に捧げると考えたらそう悪くないと思えてしまうもの。今や自分の魂とも呼べるこれは、最期までその役目を果たしたのだ。そして、自分も。浅く、薄れていく吐息が、自分の持つ彼と同じ色の喪失を告げてくる。その目に炎を焼き付けて死ねることは、身に余るほどの幸福だと思えた。同時に、麗しの慕わしい双眸が陽炎のように頼りなく揺れている様を、己の荼毘には到底過ぎたものだと畏れている。

「名前、君が投げ遣りなのは承知の上だ! その上で言う! 死なせて堪るものか、…頼む、投げ出すくらいならば、俺と共に生きるためにその命を燃やしてくれ…」

 本当に、無茶なことを言う男だ。初めて会った時から知っていたけれど。…何も惜しくなどなかったはずなのに、これでは、命ぽっきり擲つのさえ名残惜しいじゃないか。





「お加減は如何ですか?」

 結論から言うと、名前はなんと普通に生き残った。傷口こそ凄惨だったが臓器を損なわれることもなく、つまりは鬼殺隊士生命も恙なく続行である。明確な意識を取り戻し、そのことを知った彼女が寝台の上でどんなにか自分の無駄な覚悟を恥ずかしがったか、想像に難くない。いやいや、誰だってあんなことになれば死んだと思うだろう。目が覚めて一番に飛び込んできた蟲柱の美しい微笑みを見て、「極楽浄土に来ちゃったか…」とうっかり呟いてしまったのも致し方ないことのはずだ。名前は頭の中で誰にともなく弁解するが、蝶屋敷の女主人には全て筒抜けらしかった。煉獄の同期として、そこそこ長い間所属していたので、彼女とも知らぬ間柄ではない。名前としてはひと昔前の跳ねっ返り娘なしのぶの方が単純に好きだったが、それはそれ、何か心境の変化でもあったのだろうと思うことにした。鬼殺隊において、鬼に人生や人格を狂わされていない人間の方が少ないのだ。どちらかというと同じ人間に狂わされているクチの自分が言っても、些か説得力に欠けるだろうが。

「煉獄さんが血相変えて貴女を運び込んできたので、本当に何事かと思いましたよ。術後経過も診ましたが、順調そうで何よりです。良かったですねぇ、名前さん?」
「え、えぇ〜…いや、もうちょっと休みたいと思いますというか何と言いますか…お願いしますよぉ蟲柱様…」
「あらあら、誤魔化すのがお上手なことで。もしかして、わかっててやってます?」
「えっ、何を?」

 一体全体何の話をしているのだろう。名前は首を傾げるが、しのぶは訳知り顔でにこにこと見つめてくる。てっきりすぐさま機能回復訓練に参加させられて、地獄の連勤週間に入ってしまうという意味だと思っていたのに、どうも噛み合っていないような気がする。当惑している名前に気付いているのかいないのか、しのぶは「聞きましたよ?」と主題のわからない会話を続ける。

「煉獄さん、貴女が倒れた後は獅子奮迅、まさに八面六臂の大活躍だったそうで」
「そりゃあまあ…煉獄なら、じゃない、炎柱様ならそれくらいの実力はお持ちでしょうが…」
「もう、いつからそんな他人行儀になったんですか? それとも、おわかりになりませんか。煉獄さんがそこまで奮起した理由」

 名前には、したり顔のしのぶが何を言いたいのかがいまいち理解できない。ただ、とても楽しそうだということはわかる。なんだか、雲行きが怪しいような、その先を聞いては無事でいられないような、そんな予感がした。それが彼女の勘違いであっても、そうでなくても。自分でもどうしてそうするのかわからないまま、徐々に名前は顔を覆い出す。勘弁してほしい。どこまで人の心を火掻き棒で引っ掻き回すつもりなんだ、あの男は!

「大事なものを抱えるみたいに横抱きにして、それはそれは狼狽していらっしゃいましてねぇ。不安を抑制したかったのか、普段の数倍は大きな声だったんですけど、名前さんたら全然起きないものですから…お帰りになられる頃には、萎んで見えたほどのご様子でしたよ。ええもう、火を見るよりも明らかというやつで、お熱いことです」
「そっ、その言い方は…なんていうか、作為的じゃないですか!?」
「作為的だなんて、そんな。私たちが見たままをお話ししているだけですよ」

 まあ確かに、貴女の傷口を診終えるまでは誰もがそうでしたけど、としのぶは付け加えてくれたが、問題はそこではないのだ。顔が沸騰しそうな色に染まっている名前が無暗に引っ張るせいで、毛布から足首が覗くつんつるてんっぷりを発揮していたが、彼女はそれに気付く素ぶりもない。悪戯っぽいしのぶの笑みを見ていると誇張が過ぎるのではないかと思ってしまうが、いやしかし、蟲柱ともあろう人がそこまで人心を弄ぶようなことをするだろうか。…するかもしれない。煉獄に対してはともかく、気心の知れた名前には。だが、真実がどちらなのかを見破るにはまだ彼女のことを知らなさすぎた。

「戦闘の様子を見ていた隠の方の話からすると…煉獄さん、貴女を傷付けられて相当鶏冠に来たようで…あんなに怒ったあの人を見るのは初めてだと言っていました」
「…怒った? 煉獄が、私のために?」
「はい? ええ、何もおかしいことはないと思いますが…」
「うっそ、ちょっと見たかった…」
「……」
「…間違えました」

 失言だった。笑顔のまま固まったしのぶの前に居た堪れなくなり、毛布を頭まで被った生き物が完成する。意識を失う直前に考えていた事柄が想起され、つい口が滑ったのだ。この癖は一体いつになったら直るのだろう。下手したらこの先、煉獄と鉢合わせた時に余計なことを口走ってしまわないかと心配だ。言いたくなかった本当の理由だとか、煉獄はどんな理由で激情を燃やしたのだとか、そういうことを。理由も動機もさして重要ではないと言った、ああ、そう思っていたとも。埋火に酸素をやりたくなかっただけなのだ。掻き消すこともできないそれが、言い訳のしようもないほど燎原となって噴き出してしまうのが恐ろしかったから。この危険に満ちた世界でその感情は確かに生きる手助けをしてくれたが、脳まで焼きが回ってしまったら今まで通りになんて生きていけやしない!

「さて、私はそろそろ他の仕事がありますので、これで失礼しますね。名前さんも、恋煩いは構いませんがあまり盛り上がりすぎてしまわないように」
「え、あ、はい…って待って、違います、恋煩いじゃないです!」
「そこまで熱を上げておいてその言い訳は通りませんよ。生かすも殺すも、そろそろ向き合ったらどうですか?」

 お膳立てはしておきましたから。そう言うと、しのぶはやはり花も恥じらうような笑みを嫋やかに残して退室していく。出入口で陰にいたらしい誰かしらに声をかけていたようだが、名前の位置からはさっぱり内容がわからない。そして入れ違いに入ってきた人物を見て、またしても毛布をつんつるてんに引っ張り上げる羽目になった。金と赤の獅子のような相貌は、最後に見た時から変わりなく息災なようで安心する。だが、その面持ちに宿る真剣極まりない表情を認めて、名前はヒュッと息を呑んだ。何を言われるかわかったものではない。恐らく何を言われてもときめいてしまうだろう。名前は彼のことになるといよいよ本当に駄目になっていた。他に誰もいないこの状況で、最早それを指摘する自制心さえ息をしているかわからない。
 結局、名前は煉獄からこれでもかというほど叱られ――叱る時の精悍な真顔に現を抜かして二倍のお咎めを頂戴した――どれだけ心配したかという話を聞き、流石にへとへとになったその最後に「良いか名前、好いた君を今度こそ俺が守り抜いてみせる!」と大声による決意表明を受けて失神した。力強く取られた手が実は微かに震えていたことに気付いて、彼は彼で意外と人の子なんだなぁ、と近しく思ってしまった感無量さが止めを刺したようだ。知恵熱を出しながら、煉獄ともども青筋を立てたしのぶに詰られたが、なんやかんやと決着が有耶無耶になっていることを知ると彼女はさらににっこりとお冠になった。名前が己の恋情に肯定という意思を焚べる日も、きっとそう遠くはないだろう。



執筆:烙羅様 / テーマ:理由
素敵なお話をありがとうございました
(20/04/08 掲出)



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