二度目は



最近学校で噂の人。
人間離れした体力で、テニスがとにかくすごい人。

でも、噂はそれだけじゃない。




「……ちぇ。あんたもちゃうわ」

「っ、最っ低…!!」




パシンッ!と、乾いた音が響き、女の子が走り去った。そこには噂の人物…遠山金太郎が頬に紅葉をつけて不貞腐れたように立っている。

遠山君のもう1つの噂は、とんでもない“キス魔”だということ。何でも、学校の女の子全員とキスしてるとか、彼氏持ちの女の子にだって構わず手を出すだとか、一度キスしたらそれっきり二度としないだとか……とにかくすごい噂なのだ。


そんな彼の噂と重なるような現場を今目の前で見てしまった私は、見つからないように物陰に隠れて必死に息を殺している。
実を言うと、私はまだ彼に唇を奪われていない。まぁ、クラスが違うし、教室離れてるし。そもそも私なんかに興味も湧かないだろう。
そう思っていると、ふと、遠山君がこちらを見て、パチリと目が合ってしまった。や、やば…!

急いで逃げる体制に入るけど、さすがテニス部。すぐに追い付かれて、腕を掴まれた。抵抗する前に遠山君の肩に担がれて、ぐん!とさらにお腹が圧迫されたかと思えば、目を瞑っている間に彼の動きは止まり、思っていたよりも優しく下ろされる。




「………てっ!?、きゃ!?」

「おっと、動いたら危ないでぇ?」




遠山君から離れようと足を一歩後ろへ引くと、足は着地せず体が傾いた。それを彼は私の腰に腕を回して支えてくれる。…な、なんて腕だ。ビクともしない。なるほど、私の後ろは溝。これで私の逃げ場を無くしているらしい。




「ぁぁぁあのっ、」

「ん?」

「……どうしてこんなことを…?」

「んー」




じっと唇に視線が注がれるのを犇々と感じながら、くっついた体を背中を反るように離して抵抗する。
私の質問に目をキョトンとさせた遠山君は、目をパチパチさせた後、ニカッと眩しい笑顔をこちらへ向けた。わぁ、可愛い。




「夢でなっ、女子とちゅーしてなっ、めっちゃ気持ち良かってん!」

「……へ」

「そんとき、こいつが運命の相手や!って、ビビッと来てん!」

「へぇ…」




あぁ、そう……ビビッとね…。
それでその夢の相手が誰だったのかと一人ずつ確認してるって訳?




「せやからさせて!」

「ぃっ、いやいやいやいや!!?」

「…ダメなん?」

「うっ…」




腰に回された腕にぐぐっと力が入り、顔もグンと近づく。彼の腕を引き剥がすことは不可能だから、せめてもの抵抗に、自分の唇に手の甲を押しあてた。
そんな私に遠山君は眉を下げて悲しそうに首をかしげる。
く…、くそぅ……。




「……ぃ、一瞬だからね…!ちょっとだけだから!それだけで判断して!」

「わかった!」

「そっ、それから!優しくして!」

「……わかった!」




口付けることを許してしまった私に遠山君は嬉しそうに頷いて、その力強い腕からは想像できないくらい優しく私の頬を撫でた。彼の二度目の返事のわずかな間は何だったのか気になるが、それどころではなくて。

瞼にギュッと力を入れる。
言わなくても分かるだろうが、私はこれがファーストキスだ。こんな喪失の仕方で良いのかと疑問にも思うけど、これは仕方がない。だってこんな力強い人怖いもん。さらにあざとい。抵抗なんて出来ない。これはノーカウントにしよう。うん、そうしよう。

そう考えて遠山君の唇をおとなしく受け入れる。あ、意外と柔らかい…。




「………」

「………、んぅ!?」




一瞬だから……そう思って瞳を閉じた。にもかかわらず、彼の唇はすぐには去っていかず、ましてや私の上唇を甘噛みしてきた。驚いて開いた口に、すかさずヌルリと舌が侵入してきて、口内をぐるりと一周ねっとり舐められる。
必死にそれを舌で押し返すけど、それさえも絡め取られて、さらに舌で上顎を舐められ一気に体の力が抜けた。
に、二度目の返事の気になる間はこういうことか!優しくできるかどうかは保証できないってことなのか…!!

崩れ落ちそうになった体を遠山君がまた支えて、そんな彼を私は涙目で睨む。これはノーカウントなんかにできない。完全に喪失した。グッバイ、私のファーストキス。




「………」

「……、」

「……にひひっ」

「?、……!」




私の視線の意味を知ってか知らずか、遠山君は少しだけボーッとして、すぐに目を輝かせて喜びを噛み締めるように笑った。
…かと思えば、いきなりギュウギュウに抱き締められる。あああああミシミシ言ってる腕折れる。




「見つけたでぇ!!」

「!!、そ、ぅん…っ!」




遠山君がそう言ったかと思えば、ギュウギュウにしていた体を離して、一息吐く暇もなく気付けば私は、“彼は絶対にしない”と噂されていた二度目の口付けを食らっていた。







二度目は


…つまり、そういうこと。





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