雪月歌 | ナノ

※現パロ

 ただいま、の声もそこそこに、帰ってくるなり佐助はソファにゴロリと転がった。
「おかえりなさい」
 クッションに顔を埋めて、ぴくりともしない佐助の頭を一撫ですると、お酒の匂いを鼻がとらえた。
 佐助は時々、こうして酔っ払って帰ってくる。時々といっても半年に一回程のことであるので、特に文句を言ったりはしない。体を壊したら大変だから、倒れる一歩手前まで飲むのはやめてほしいと思ってはいるのだが。
「佐助、お水」
「ん……」
 しかし今日は、いつにも増して反応が鈍い。グラスを受け取ろうともしない佐助に、私は仕方なく彼の隣に腰かけた。
 佐助がこうなるのは、ストレスが限界を越えてしまった時だと私は長い付き合いの間で気づいている。いつでも飄々としていて、弱味という弱味を他人に見せたがらない彼だから、きっと限界まで我慢してしまうのだろう。
 顔を隠して、丸くなる佐助に、何があったの、と訊ねたりはしない。恐らく話してはくれないだろうし、根掘り葉掘り探るような、野暮な女にはなりたくないのだ。
「……どうしたの?」
 佐助の綺麗な橙色の髪を黙って梳いていたら、突然がばりと身を起こされて驚いた。目を丸くする私を気にせずに、真正面から抱きついてくる。ちら、と見えた眼差しは、涙こそ流れていないけれど、まるで泣いているように見えた。
 ふ、と零れた笑みと共に息を吐いた私は、縋りつく佐助の背中に手を回して、ポンポンと叩くように撫でる。そうしてしばらく時間が経てば、多少は落ち着いたのか私を抱いた腕の力が弱まった。
「佐助は甘えん坊さんね」
「……俺様に甘えられるの、嫌?」
「そんなことないわよ」
 一緒に暮らし始めて何年も経つのに、今更何を言っているのか。苦しげな佐助の問いを笑い飛ばしてやれば、ぽつり、私の名を彼が呼んだ。
「千歳……」
「なあに?」
「何処にも、行かないで」
 凭れかかった耳朶をくすぐるように、切なげな囁きが聴こえた。
「……俺様の、そばにいてよ……」
「……馬鹿ね」
 ぎゅぅ、と力を込めて、今度は私から彼の体を抱き締めた。
「佐助を置いて、何処に行けって言うの?」
 明日も朝早いというのに。帰ってくるか心配で、こんな夜中まで佐助を待ち続けてしまう程には、私は彼を愛しているのだ。
「佐助が泣いて頼んでも、離してあげないから」
「……望むところだよ」
 おどけたように言うと、ようやく顔を上げた佐助の瞳に光が戻ってきた。
「安心したなら、もう寝なさい」
「俺様、千歳と一緒じゃなきゃ寝られなーい」
「はいはい」
 へらりと普段通りの笑みを浮かべて、本当に幼子みたいなことを言う佐助に苦笑しながら、私はふらつく佐助の手を引いた。

 ――辛い時は、そばにいよう。その涙を拭ってあげよう。一人で立てなければ、肩を貸すから。
 今までも、これからも。そうして二人で生きていくのだ。

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