菊はルートヴィッヒがチョコレートを食べる姿を見るのが好きだった。いつも眉間に深々と皺の谷を作っている威圧感丸出しの年下の恋人が、そのときばかりは歳相応に見えるからだ。今も彼は自宅のソファに僅かに凭れながら、菊を隣りに置いて手土産のチョコレートを摘んでいた。眉尻は下がり、唇はどことなく楽しそうに緩む、ああ、その微笑みったら天使に勝るとも劣らない!菊は脳内で悶えていた。年下の恋人が可愛くてしょうがないのだ。でれでれとした顔を隠しもせずじっと見つめていると、視線に気づいたルートヴィッヒは君は食べないのかと聞いた。
「あなたが食べているのを見るのが好きなんです」
だからどうぞ、お気になさらず。菊がでれでれ顔のまま答えたが、彼は少し首をひねるともう一度尋ねる。
「とてもおいしいんだ。本当にいらないのか?」
まるで独り占めしているようで据わりが悪いんだ。ルートヴィッヒが気恥ずかしそうに笑って白状すると、菊は目を細めてくすりと笑った。
「では、一口」
「一口と言わず、」
チョコレートの箱に伸ばしたルートヴィッヒの腕を菊はやんわりと押し留めて、元々ないに等しい距離をぐぐっと詰める。思わぬ近さに咄嗟に赤らんだ顔を背けようとした彼の顎を捕まえた菊は、彼の口元に残っていたチョコレートをぺろりと舐めてしまった。
「なっ…!」
「おや、本当においしいチョコレート」
わざとらしく口元に手を当ててにっこりと微笑む菊に、ルートヴィッヒは林檎のように赤くなった頬を晒したまま、ぐぐぐっと唇をへの字に曲げた。
「君は…」
「嫌いになりました?」
「……俺で遊んでいるだろう」
「まさか」
ふふふ、と肩を揺らして笑う恋人に、ルートヴィッヒはくらくらとしてきた頭を押さえる。振り回されっぱなしの負けっぱなしである。可愛さ余って憎さ百倍、今すぐぐちゃぐちゃに泣かせてしまいたい。しかし今はまだ太陽の輝く真昼間、夜まであと何時間耐えれば良いのやら。ルートヴィッヒの眉間にはまた皺の谷が出来始めていた。
「それで、ルートさん。チョコレートおいしかったです」
「ああ…。それはよかった」
遠い目をするルートヴィッヒに、菊は先ほどまでの威勢はどこへやら、ぽっと頬を赤らめて遠慮がちに言った。
「それで、それで、ルートさん…もう一口、頂きたいんです。その口元の…」

――そしてルートヴィッヒは考えるのをやめた。