空は鈍い黄色に光っていて、薄紫の雲が遠くに流れていた。畑を焼く鈍色の煙はまるで一本の柱のように細く高く伸びている。車窓から見える景色は目まぐるしく進み、私を置き去る景色は変わりなくどこまでも平坦に続いていた。
汽車に乗ろう、と言い出したのはルートヴィッヒさんだった。目蓋をぎゅっと押さえながら、うわ言のように呟かれたそれを私は最初冗談かと思い、行き先も知らないまま承知した。そうしたら本当に二人分の切符を買ってきてあっさり「行くぞ」なんて言って私の腕を掴むので、とうとう私は何も聞くことができずに、背の高い彼の小さな耳たぶをなんとなく眺めながら付いて来てしまった。向かい合わせの座席はお互いの膝が擦れるほど狭いが、彼は文句も言わず背もたれに寄りかかって窓の外を見つめていた。
私といえば今更になってこの事態をどう収拾つけるのか頭を悩ませていた。なにしろ今日も会議だ。会議がない日なんてない。せめてどこまで行くのか確認すればよかった。車両の中は重苦しく静まり返っていた。乗客たちは喋り方を忘れたかのように一様に固く口を閉ざして俯いている。息を吸うのも戸惑われる沈黙の中、彼は私の動揺を見透かすように「遠くへは行かない」と小さな声で言った。
「それが気がかりだったんだろう、本田」
「…それだけじゃあ、ないですよ」
「本田?」
「いつになったら下の名前で呼んでくれるんです」
息詰まる空気にはらはらしていた私は、ふとおどけてみたくなってそんなことを口走ってみたが、冗談にするには本音が混じりすぎて失敗だった。息を飲む気配がしたが、恐ろしくて前を窺い見ることも出来なくて俯いたままでいると、そっと膝の上に置いた私の手を彼の皮袋を脱いだ真っ白い手が覆った。分厚い親指が私の手の甲を撫ぜる。そのまま流れるように大きな手のひらが私の手首を握り込んで、ぐっと力を込められた。そこでようやく私は面を上げることが出来る。黄色い日差しを受けた淡い水色は朝方の水平線の色をしていた。
「菊…」
折るつもりだろうか、ぎりぎりと締め付ける、かさついて暖かいその手がほんの三十分前まで拳銃のグリップを掴んでいたことを思い出し、ほの暗い欲望が頭の隅をちらついて私は震えていた。