黄色い空は吹雪を置いてけぼりにする。密やかな呼吸音は規則的にそこへあって、よくよく吹雪に鋭く牙を剥いたりして、吹雪はその都度律儀に苦しまなければならなかった。してそうあらねばならないのは性分に他ならず、緩やかに首を絞めるこの白いマフラーでさえ枷の一つに過ぎない。そして、それがなければどこへも行けないのだ。
吹雪はもう一度斜めに空を見上げた。

彼は帰路に立っていた。

強烈な既視感にくらくらしている。曖昧な記憶。忙しない瞬きの間に燃える落日を遠くに見ては、吹雪はまた性懲りもなく永遠を探してしまうのだった。継ぎ目だらけの笑顔に、また一つ綻びを見つけては、針を刺して縫い付ける。悪習だ。どうにもならないことは多々あれど、どうにもしないものというのは怠慢である。限りなく平坦な日々を求める傍ら、吹雪は変化を望んでいた。怠慢に甘んじる長い間、本人の気かぬ内に芽生えはあったのだ。何気なく見上げた夕日の色に、吹き抜ける風が頬を撫でる温度に、古びたマフラーの窮屈さに、彼はそれを感じ取って、その予感による恐怖と諦めと胸を抉る悲しみに襲われていた。喪失の痛みは未だ胸中深く根付いている。
それをもう一度味合わなければならぬというのだ。そうあればならぬと、他ならぬ吹雪が。
吹雪において、――それも今現在これからを生きていく吹雪においてのことだ――思い出というものはよく磨いだ凶器に似ていた。何気なさを装う毎日の間、不可視のそれはゆっくりと吹雪の腹に刺さっていって、彼の透明ないのちを何度も流した。

知らぬふりも、もう限界なので。

その日吹雪は学校の屋上にいた。その日も空が黄色かったので、吹雪はついフェンスを乗り越えてしまったのだった。しっかり瞼を閉じると胸の奥からあえかな呼吸が聞こえていた。ひとつのくちびるから二人分のため息がこぼれた。それに縋りたかった。しかし、なぜかそれも、腹の底を抉る凶器に成り果てて、なぜ、なぜと、吹雪に問いかける。
なぜ、なぜ、なぜ。
「なにしてるんだべ?」
突然の声に、吹雪は肩を揺らして振り返った。瞳をまん丸にして首を傾げた荒谷紺子がそこにいた。
「空が」
「うん」
続く言葉は音にならなかった。咽喉がひゅるりと鳴った。紺子はまたひとつ頷くと、二、三回瞬いてから、そっと手を差し出して「おいで」と言った。黄色い光線は角度を落としながら去ろうとしていた。彼女の滑らかな肌をぼんやりと照らして、そうして過ぎ去ろうと。そのどこにも永遠なんてなかった。吹雪の探しているものとはちっとも当てはまらない角度の、まろやかなただやさしいそれが、吹雪を待っている。紺子の黒い瞳が夕闇を映してまどろんでいる。「探してたんだべ」紺子が言った。「見つけてよかった」吹雪はぐらつきそうになる体を支えるべくフェンスを握り締めた。カシャンと耳障りな音を聞いて紺子はまた不思議そうに首を傾げた。まるでそうすれば答えが転がり落ちてくるかのように。忘れてしまったものを思い出そうとするように。

「ねえ、一緒に帰ろうよ」

彼は帰路に立っていたのだ。