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手の上ならば尊敬のキス
変わり続けるもの
それはお前が積み重ねてきた努力とやるせなさと、俺を追いかけ続ける証。
さぁ、その手で何を掴むのか?
◇◇◇
膝を落とし、身体を沈ませたと思えばそのまま斬り込んできた。
剣で流すように薙ぎ払うとそのまま身体を回転させ再び斬り込んでくる。
炎を纏った刀は蒼く残像を残していく。
金属音が響き一旦離れ間合いをはかっていると「そこまで!」と聞き慣れない声が響いた。
いや、ある意味聞き慣れたのだが手合わせの場で聞いたことないだけか。
若き10代目が穏やかな空気で佇んでいた。
「ごめんね?いいとこで邪魔しちゃってー」
「いいって事よ。つかなんかあったのか?ツナが此処に来るの珍しいのな」
先程の気迫が別人のように朗らかに山本が問う。
此処はヴァリアーのトレーニングルームだった。
普段喧しく側に控える嵐もいない。
「護衛もなしでどうしたんだぁ?ツナヨシ?」
ニコニコと笑うだけで何も言わない10代目に再度問う。
「んー。息抜き?」
「…脱走してきたのかよ、てめーはぁ」
てへ、と可愛く笑ってみせた可愛くなくなったドンにため息が出た。
「だってヴァリアーの書類揃ってないのにスクアーロいないし」
「ザンザス駄目なのな?」
「あのおっかない兄さんが更におっかなくなりそうな書類」
「…とりあえず俺の部屋でいいかぁ?」
移動を始めた自分らを物珍しげに見る隊員を目線で黙らせる。
「着替えとかしなくてよいの?」
「だから俺の部屋なんだろうがぁ」
「何か食べ物とかもらってこようか?」
この三人だと意外に会話は穏やかだ。和やかですらある。
部屋に入ると綱吉は物珍しげに見渡した後ソファに腰掛け、抱えていたPCを立ち上げる。
その間に当たり前のように山本が自分らには炭酸水、綱吉にはコーヒーを用意した。
スクアーロは上だけを着替えてきた。隊服は着てこなかった。
「で、おっかない兄さんが更におっかなくなるのはどんな案件だぁ?」
「ヴァリアーの支部についてなんだけど」
「俺は席外した方がいい?」
山本も幹部なんだから問題ないよ、と許可が出た。
これは最低限必要だ、だのここはボンゴレ本部の管轄でも問題無い等のやり取りが一通り済んで一息入れた。
山本がヴァリアーの談話室から貰ってきたスコーンを摘みつつ淹れ直したコーヒーでまったりしていると
「何かまた山本の手、ゴツくなってきたね」
綱吉が羨ましげに呟いた。そんな彼の手はペンダコが増えていた。
「野球ん時とはまた違うとこ使うからなー」
厚く大きな手はいつも綱吉に安心を与えてくれる。親友の温かい手、生きている手。
「スクアーロは細そうなのにね、てか手袋外してるの初めて見た気がする」
大きな目を見開く様はとても二十歳を過ぎたように見えねーな、と関係ない事を考えていた。
「握るのと装着するのとじゃ筋肉の使い方違うからなーきっとな」
「そういうこった。俺は左で剣を振るうしなぁ」
「俺は使ってるけどそんなに逞しくならないよー」
家光みたいなのは微妙だろ、とからかいながら和やかな時間が過ぎていった。
そろそろ獄寺くんが騒ぎ出すだろうから戻るね、と綱吉が腰を上げPCの電源を落としていた。
一応、見送ろうかと立ち上がりかけたときに大きな目の大空は振り返った。
「山本は、その、なんてゆーか・・・後悔していない?」
「いきなりどうしたのな?ツナ」
「その手が野球ダコじゃなくて剣を振るう為のタコが増えたこと」
大きな目は静かで読み取ることを赦さない。
「俺達に関わったことでその手が血で濡れていくことを後悔していない?」
「しない。後悔なんてした事もないしする事もないのな」
間髪いれず山本が返した。揺ぎ無い声。湖のような眼。
「寧ろ感謝している。おかげでスクアーロに逢えた」
「この手はどんどん変わっていくだろな。色んなもの掴みたいしな。
それにお前ら護る為とスクアーロと同じ世界で生きる為にもっと変わってくぜ?きっとな。」
あの頃のような笑顔ではっきりと告げた山本はあの頃のままではない。
「・・・ありがとう」
それでも、今も大空を安心させてくれるヒーローなままだった。
何となく口を挟めないまま表まで見送りに出たスクアーロは一緒に戻らなかった雨の片割れとまた部屋に戻った。
シャワー借りるな、と断りをいれる男のその手を掴んで目の前に引き寄せる。
しっかりとした関節。厚みのある掌。爪は少し変形している指もある。細かくついた傷は自分がつけたモノもある筈だ。
それはこの男が弛まなく努力を重ねている証拠で、人を斬った事実を持つ手でもある。
『この手はどんどん変わっていくだろな。色んなもの掴みたいしな。
それにお前ら護る為とスクアーロと同じ世界で生きる為にもっと強くなる為に変わってくぜ?きっとな』
引き寄せた手の上にそっと唇をあてる。山本が息を飲む気配がした。
人を斬る事に何も思ってない筈はない。それでも後悔しないと言った。自分と同じ世界で生きる為だと言った。
その為に変わっていくだろう、といったその手がとても尊いものに思えたのだ。
どうか、変わり続けてくれこの手よ。
この手が掴み取るモノの中に自分もあればいい。
再び手の上に唇を落とすと珍しく頬を染めた山本が、八つあたりのように肩口に頭を摺り寄せてきた。
『手の上なら尊敬のキス。』
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