軍曹という呼び声に嶋本は渋々と頭を上げる。
 眠い目を擦りながら、声がする方を見る。そこには猫科の動物を思わせる顔立ちの男がいた。
 
 「――あー、夢か…」
 
 ここのところ、なぜか夢に見ることが多くなった。無意識のうちに、想い過ぎているのだろう。
 しかし、あまりにも眠い。嶋本は少し考えてから、頭を柔らかな枕の上へと戻した。
 ゆっくり眠れる時には気のすむまで眠っていたい。だが、こうして夢に見てしまうと、ひどく体力を消耗した気がする。
 寝ていて、体は動いていないのだから、実際無くなったのは気力の方だろう。
 非番に合わせるかのように体調を崩して眠っている身には辛い。夢の中の彼は、いつも不安そうな顔をしている。だが、今日の彼はいつもと違って幸せそうな顔だった。
 夢など見たくないと思っていたが、幸せそうな顔ならいい。こうして眠っていると抱きしめられているようで居心地がいい。
 それにしてもかなり現実的な夢だ。体に添えられた腕は暖かいし、心臓の音まで聞こえてきそうだ。
 
 ――心臓の音?
 
 突然、目を開き飛び起きる。
 「…ほ、ほんものや」
 思わずのけぞると、背中が堅いものにぶつかる。背後は壁だった。
 衝撃に自分がベッドの上にいることを確認する。確か、ソファの上で休んでいたはずだ。なんでここにいるんだろう。
 答えは簡単だ。片手を枕にして、余裕な表情で寝そべっている男が運んだからだ。
 しかし、どうして。
 おそるおそる嶋本は理由を聞く。
 「大口、お前、何、何を」
 次の言葉がどうしても出てこない。そんな珍しい様子の嶋本とは対照的に、大口は冷静だった。
 「見ての通り添い寝ですよ、添い寝。合鍵で入ってきたらさ、嶋本さんってば何もかけないでソファの前でひっくり返ってんだもん。だから俺がここまで運んだんです」
 ここ、というようにぽんぽんとベッドを叩く。
 「運んだんはわかった。せやけど一緒に寝る必要ないやろ」
 「別にないですけど。軍曹が可愛かったんで、つい」
 「つい。ついって…」
 訝しむ嶋本をしばらくじっと見ていたが、やがて人の悪い笑みを浮かべる。
 「わかった。手を出されたと思ったんでしょ?」
 びく、と嶋本が震えた。
 「もー、普通手を出されたらわかるでしょう?何もしてないっすよ。どこも変わったところないでしょう?」
 「ああ、まぁな」
 あまりに体がだるくて判断ができないなどと言えない。嶋本は頷いた。
 「それに、手を出しちゃ駄目なんですか?」
 「は?」
 「俺が嶋本さんに触れちゃ駄目なんですか?」
 大口はからかうように責めるように言う。
 「駄目っちゅーわけやないけどな…」
 「けど?」
 「寝とるときはアカン。意識ないときに勝手されるんは嫌や」
 きっぱりと言う嶋本を面白そうに大口は見つめた。
 「へー。じゃあ、起きてる時はいいってことですよね。いいこと聞きました」
 阿呆かっ!と怒鳴るかと思いきや、嶋本はええで、と大口の手を取った。
 「ほら。するんやろ?」
 そう言い放つと大きな手を自分の胸にぐいぐいと押し付ける。
 
 大口は薄い胸に手を置いたまま硬直した。思考が追いつかないらしく、口を開けたまま、嶋本を見つめた。
 あまりに男らしい振る舞いに驚いたのだが、見られている本人は気が付いていない。それでもなにかが違うらしいとは感じたようだ。
 「なんや、違うんか?」
 「そ、そうですね」
 言い淀む大口に嶋本は眉を曇らせた。
 別になんでもないですよーとはぐらかそうとした瞬間、小さく『あ、』と声に出し、にやにやと笑ってくる。嫌な予感が大口の脳裏をよぎった。
 「ったく、しゃーないやっちゃなぁ。こっちやろ?」
 大仰にそう言うと、ぐいぐいと大口の手を引っ張った。
 虚をつかれた大口の手は嶋本の為すがまま下へと落ちる。服の上からではあるが、手は腹筋を滑っていき、そして――
 「し、嶋本さん!何してんのっ!?」
 大口はのけぞるように、掴まれた手を強引に振り払う。余裕ぶって添い寝していた様子はどこにもない。
 「これも違うん?」
 「違いますよ!」
 だったら、何やねん。面倒そうに口にする嶋本に大口は即座に答えた。めずらしく声を荒げたからか、はたまた一連の会話に疲れたのか。おそらくその両方だろうが、両手をついてうなだれた。
 
 ――わ、わかんない。嶋本さんの考えが…。俺って、使えない……。
 
 自分で自分を貶めるなんて日が来るとは思わなかった。だが、嶋本の思考がこうなのは、あの神兵の通訳を引き受けていたからなのかも…。
 半ば自棄になりながら、きっと睨みつける。
 「やって、男の胸なんぞ触ってもおもろないんやろ?」
 「そうじゃなくて!」
 「男同士なんて即物的やからなー」
 「だから、違いますってば!!」
 強い口調で大口は否定する。その剣幕に、嶋本は少し目を丸くする。
 
 「あのですねー!俺、嶋本さん以外の男とは寝たことがないからどういうもんかわからないけど、少なくともいきなりそんな真似する人はいないと思いますよー?女のひとだって、自分からそんな押し付けるようなことしないでしょ」
 それは嘘だった。正確に言うと嘘ではないが真実ではない。半分だけが真実というところだろう。いきなりはないにしろ、互いに酔っている時に、「して…」
とおねだり位されたことはある。まぁ、少なくとも笑いながら、訓練でも始めるかのように「するか」と誘われたことはない。
 「第一、男の股間なんか触りたくないし」
 「そうなん?」
 「当たり前でしょ」
 ため息まじりに吐きだされる言葉に、嶋本は胡乱な目つきになった。
 「お前、この前やった時触ったやんか」
 「だから、それってえっちした時でしょ。SEXしてるんだから、普通は触りますよ」
 「SEXん時は触っても、それ以外触ったらアカンのか?」
 「…そうです」
 ふーん、と嶋本は相槌を打つ。
 これも正しくない。以前、勤務中にも関わらず、「嶋本さんが欲しい」と堅いものをその腰に押し付けたことがある。(もちろん手痛い反撃を食らったが)
 その矛盾点に記憶力のいい嶋本が気づかないわけはないのだが、何も言わなかった。延々に続きそうで、面倒だったからだ。かわりに、別のことを口にする。
 「せやったら、今までは嫌々触っとったんやな」
 大口は痛いところをつかれた。嶋本以外の男なら即決で嫌だとはっきり言える。嶋本に触るのは、嫌であるわけがない。
 なんと答えていいものか、と嶋本の顔を伺い見ると、嶋本はあぐらを組み、足先を抱え込んでいた。
 ぶらぶらと体を揺するようにしている様は、おもちゃみたいで緊張感の欠片も見当たらない。その姿に、先程の言葉には特に深い意味がなく、ただ事実の確認をしたのだろうと言うことが察せられた。
 取り繕うのも馬鹿らしくなり、思いついたまま口にする。
 「嶋本さんに触るの、超好きですよ。どんなところでも。でも…」
 「でも?」
 「女の子だったらなーって思うことはあります」
 だらだらと崩していた姿勢を嶋本は正す。目には怒りのようなものが微かに見え隠れしていた。
 「はじめからわかってたことやんか」
 そう言って、顔を背ける。
 大口が夢でいつも不安そうな顔をしているのは、自分が男だからなのだろう。そんな考えが過った。
 
 その姿を見て、大口は慌てて身を乗り出す。
 「そうじゃなくて!嶋本さんが女の子じゃないのが嫌なんじゃなくて、女の子ならもっとよかったのにってことなんです!」
 「同じやんか」
 「違います!」
 今日何度か口にした言葉をまた吐いて、大口は嶋本を抱きしめる。
 「全然違うでしょ。どんな女よりも嶋本さんの方がいい。でも、俺は自他共に認める女好きだから、大好きな嶋本さんが女の子だったら最高だなーって思うんです」
 わかります?とにっこりと笑いかける。愛しそうにやわらかな癖毛を撫でながら言葉を重ねた。
 「嶋本さんが女の子だったらよかったのに。そうしたら……」
 後に続く言葉はありきたりのことだった。そして、嶋本が最も望まないものだった。
 危険な真似させたくない。守ってみせる。
 あまりに陳腐な言葉は、大口の口から漏れなかった。嶋本の気配が言わせようとしなかった。だからかわりに頬に口づけた。
 口づけられた嶋本は神妙な顔をした。色々な感情が複雑に入り交じっているような表情だった。
 「まぁ、夢やったと思ってごまかされたるわ。しかたない」
 「ごまかしてなんかないですよ」
 「ま、俺も男より女の方が好きやし。その気持ちはわからんくもない」
 「えっ!」
 目を瞠る大口を鋭い目つきで睨む。
 「お前、俺のことなんやと思っとるん?」
 黙って目を逸らす大口に、苦虫をつぶしたような声で、まぁ、ええけどなと続けた。
 「お前ほど女好きやないけど、俺かて好きや。勘も鋭いし、一を聞いて十を知るっちゅーように話も通るし、ここぞという時に度胸もあるし」
 「それは言えてますね」
 わかりますと言うように大口は相槌を打つ。
 「だから、俺はお前が女やったら良かったのに、とは思わんで」
 意地の悪い瞳をしながら、嶋本はにやりと笑った。
 大口はその意味ありげな笑みを目を丸くして見ていたが、やがてにかっと笑う。
 「褒め言葉として受け取っておきます!」
 嶋本は笑いながら、大口の肩に頭を乗せた。
 「随分と都合のいい夢でも見たんとちゃう?」
 返す言葉を探していると、肩に乗った頭の重みがどんどんと増してゆく。もしや、と思って嶋本の顔を覗き込めば、すでに夢の中。
 
 ――そう言えば、具合悪そうだったもんな。

 先程の冗談のようなSEXの誘いを断ってしまったのを少し残念に思いながら、無理はさせたくないしな、と考え直す。
 それでも名残惜しいのか、両手は嶋本の体に触れたまま。
 嶋本の寝息に誘われるように、大口もまた眠りに落ちた。 
 




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『 月涼 』 のメイ様から頂きました素敵クチシマ小説です。

ええ。読み終えた瞬間、夜空に吼えたかったのは伊勢です。 だってメイ様のお話ですよ!? 

もっと素敵に飾りたいのに!! スキルがない自分が恨めしい・・・。

独り占めしたいけど勿体無いから飾る許可をいただけました。 メイ様ありがとうございます!!



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