黒々とした大きな目は何故か焔を思い起こさせた。硝子を融かす高温の焔。
「何を言われても、俺を選んでくれたあの人を落胆させる真似はしたくありません」
その焔であいつを融かしたのか?
隊長会議の後、隣を歩く小柄な男の旋毛を見ながら思う。 そう、こうやって自分の隣が自然なのだ。 「今夜、久しぶりに呑みに行かないか、シマ?」 俺を見上げる目は苦笑いが浮かぶ。 「すんません、先約ありますねん。また声掛けて下さい」
そうか、残念だと返すが心の中は波立っていた。 先約はあの男なのか、と問い詰めたい言葉が喉の下でぐつぐつ煮えている。 隊長、お帰りなさい!報告書のチェックお願いします!そんな言葉すら波を立てた。
「次は」 こちらを見据える目が心地良い。 「絶対に勝ちます」 やはりお前は俺を見ているのだろう? 「待っているぞ」 俺たちはこうやって互いを見てきただろう?早く俺の隣に来い。
そんな勝手な想いは声にならず。 だけど静かに積み重なっていく。
当直明けでたっぷり睡眠をとった夕方。 黒岩隊長から呑み会の呼び出しがあった。 黒岩からだとシマもくるだろうな。 シフトをチェックしながら指定の居酒屋へと向かう。 一隊と五十嵐、三隊の中に彼の姿をみつけ自然と頬が緩んでいた。
インドネシアでの体験などを話していたら、だいぶ周りは酒が回ってきたようだ。 まったりとした空気。 幾つも輪が出来て話に興じている。 自分の隣は五十嵐。 嶋本は大羽と佐藤を捕まえ、説教モードに突入していた。 気配をさせずに傍に来た男に驚く。 隣の五十嵐は当然の顔をして艶然と微笑んだ。
「お疲れ様です。機長、真田隊長」 グラスをふたつ、コンと置いた。 「俺の地元の酒があったんで頼んでみました」 芋なんですが風味が面白いんですよ。 口にした五十嵐が口角を上げる。お口にあったようで何より!と笑う男はこちらも見た。 「焼酎苦手なら他を頼みましょうか?」 要領がいいだけの男を何故。
「何故、お前なんだろうな」 言葉を選ぶ事すら考えず口にしていた。 大きな目が一瞬鋭く光った。 それを誤魔化すように大口が笑う。 「野郎が酌ですいません。でも機長に酌させちゃあダメですよー?」 あら?大口、私ではダメなの? もったいないから機長はダメなんすよ! 軽口を叩いてる男が神経を逆撫でしていく。
「何故、俺ではなくお前を選んだのだろうな」 周囲の音が遠く聞こえた。
軽く五十嵐に会釈をした大口は正面に座ってきた。五十嵐は傍観を決め込んだようだ。 「こういった場で口にする内容ではないかと思いますが?」 人の耳は侮れませんよ? 「なんだ、自信がないのか?」 他人など何になる?
「あの人が煩わしい思いをする事は避けたいんで」 此方を見る目は静かだ。 「真田隊長がその方と、どういったご関係だったかは自分は知りません」 そして持ってきたグラスをぐいっと呷った。 「自分はあの人と共に生きるだけです」
黒々とした大きな目は静かに、だが強い光を宿していた。
「あれは俺のものだ」 ずっと俺を追いかけてきているのだから当然だろう? そう言い放てば心底不思議そうな顔して言った。
「あの人はあの人のものでしょう?」
そこで初めて五十嵐が口を挟んできた。 「意外ね。あのコは自分のだ!と言うかと思ったわ」 「言いたいですけどね。 あの人の心はあの人しかわからないし。 決めてあげる程、弱い人じゃないし」 彼を思ったのか驚く程に柔らかい表情になった。 そうね、と五十嵐も笑った。
「確かに今の俺では貴方に敵うとは思えません」 また眼に光が戻る。 今は未だ足元にも及ばないけれど、俺もこのままでいるつもりありませんし。 「あの人の背を護る男になってみせます」 言い切る言葉の強さに息を飲んだ。
「今、自信がないからって尻尾巻いて貴方の前から逃げ出せば俺の手を」 大きな黒々とした眼は何故か焔を思い起こさせた。硝子を融かす高温の焔。 「俺の手を取ってくれたあの人の気持ちから逃げ出す事になります」
「何を言われようと、俺を選んでくれたあの人を落胆させる真似はしたくありません」
その焔であいつを融かしたのか。
どれくらい睨みあっていたのかはわからない。 五十嵐の笑い声で周囲の音が戻ってきた。 「ひとまずは大口の勝ちね」 真田くんはあのコに対する認識を考えなおしたら? 「勝ち負けがあるのか?」 ならばそれこそ 「諦めるつもりはないぞ」
大口と五十嵐が顔を見合わせ、耐え切れないというように笑いはじめた。 「俺も、ですよ」 にやりと笑うその眼に宿る焔は輝きを増した。 「あの人の心護れる男になるんだから、隣は譲れません」
かくして始まりの鐘は鳴り響く。その鐘すら融かす焔は今、燃え始めた。
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「美しい影」でも「イカロスは手を伸ばす」でも。 せいじろvsさなーだは嶋本くん不在で繰り広げられているようです。
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