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兄さんにキングカズマを見せてあげて欲しい。健二さんにそう頼まれたのは2人が泊まりに来て2日目の昼のことだった。

「今日にでも兄さんが佳主馬くんの部屋に顔出すと思うからそうしたらよろしくお願いできるかな?」

そう言ってへらりと笑った健二さんに呆然として「嘘でしょ?」と問いかける。だって僕、部屋掃除してない。
急いで駆け出して普段パソコンを使っている部屋へ向かうとそこにはもう既にナマエさんが(おそらく僕を待って)廊下に座り込んでいた。

「あ、佳主馬くん。探してたんだ」

へらっと笑うナマエさんにさっきの健二さんの顔が重なる。この兄弟は顔は似ていないが笑い方だけなら本当に良く似ている。

「ここ、納戸かな?秘密基地みたいで、いいよね。こういうの」

普段から開け放されている扉からナマエさんが顔を覗かせて笑う。その楽しそうな笑顔に別にだらしないとかは思われていないようだ、とほっと胸をなでおろした。

「いきなりごめんね?もしかして、今から宿題とかだった?」

何時でもいいからキングカズマを見せて欲しいんだ、と控えめに頼むナマエさんに今からOZにログインしようと思っている、と伝えるとナマエさんの顔が再び綻ぶ。

「え?ラッキー。ほんとに?」
「うん。ちょっと待ってて」

部屋に入ってごちゃごちゃした物を端に寄せスペースを空ける。パソコンの電源を入れると空いた場所にナマエさんが入ってきた。OZにログインすると画面に映し出されたカズマの姿にナマエさんが「おおー!」と声を上げる。

「やっぱりスペック高いな。止まってるカズマを見るなんてのも珍しいけど」

いつもはすごい早い動きで飛び回ってるから、と笑うナマエさんにどきりと心臓が跳ねる。

「……ナマエさんのアバターはどんなヤツなの?やっぱげっ歯類なわけ?」

動悸する心臓をごまかすように問いかければナマエさんがぶはっと噴出した。

「ああ!確かに健二はねずみとかリスとか好きだよなあ!」

いつもはタイピング音だけの部屋に笑い声が響く。ふとパソコンに視線を向けるとこちらを見つめる自分のアバターと目が合った。そういえば、こいつもげっ歯類だった。

「ふふ、俺のアバターは違うよ。多分、君は一度見たことがあると思うんだけど」
「、え?」

一体、いつ?
ぱっと振り返ると懐かしそうな表情のナマエさんと目が合う。

「もう大分昔だけどね。俺もOMCに出たことがあるんだ。そこで一度だけ君と対峙した」

瞬殺だったけど、と笑うナマエさんにどっと後悔が押し寄せる。何でそのとき話しかけたりとかしなかったんだ、僕!!
今まで戦ってきた相手はたくさんいる。来るもの拒まずだったため、それこそ星の数ほども。僕はその半分も思い出すことができないし、今だにナマエさんのアバターというのも心当たりすら思い浮かばない。それでも、もしかしたらもう少し早く会うことができたかもしれないということがただ悔しい。

「すごく強くて、吃驚したんだよね」

そう言ってナマエさんは目元を緩ませて画面を見つめた。惜しげもなく注がれる温かな眼差しに自分のアバターだというのにもやもやとした気分になる。ナマエさんに想われる"カズマ"が羨ましかった。馬鹿なことだって、分かっているけれど。

「でも、」

ふ、とカズマを睨みつけていた顔を上げる。ナマエさんの澄んだ涅色が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「俺がファンになったのは、その後なんだよ」
「……後?」
「1年前のOZでの事件で、俺は初めて負ける君を見た」

―――あの時だ。ほとんどのアバターが占拠されていたあの時、ナマエさんのアバターは無事だったのか。

「誰もがどうすればいいか分からない混乱の中で再び立ち上がって、君は必死に戦っていた」

とん、と頭の上に大きな手のひらが乗った。頭を撫でられるなんて子供っぽくて嫌なはずなのに、優しく触れるぬくもりが酷く心地よくて。

「最後のパンチ、格好良かったぜ。佳主馬くん」

あなたが見ていてくれたならどんなに無様でも良かったって思えるんだ。

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