ふわり、と髪が揺れる。軽い足取りで地下へと続く階段をかけ降りると徐々にあの人の居る牢が近付いてきた。
「ナマエ!」
格子にかけ寄れば寝ていたのか、微睡みを宿した瞳が眠たげにこちらを向いた。
「佐助」
名を呼べば涼やかな声で返事が返ってくる。その幸せにゆるりと微笑んで右手に持っている手製の団子を差し出せばナマエの顔がにわかに輝いた。
「はい、ご要望のみたらし団子。ナマエの為に作ったんだからね?」
ぱちんとウインクをするとナマエも楽しげに笑った。
「ああ、ありがとう……。大事に食べる」
頂きます、と行儀よく手を合わせて団子を口へ運ぶ。少々緊張してその様子を見守っているとひとつ目をこくりと飲み込んだナマエがふわりと微笑んだ。
「美味しい」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。調理の段階で何度も味見をしているから不味いということはないのだが、どうにもナマエの前だと緊張する。
「あったり前でしょ?俺様が作ったんだから!」
冗談めかして笑えば「それも……そうだな」とナマエも笑った。ナマエは今どれだけ俺様がほっとしているが知らないのだろう。しん……と牢の中が静寂に包まれる。以前は特に気にならなかったそれが妙にもどかしくて俺様は何を話そうかと必死に頭を巡らせる。
「み、みたらし団子が好きなの?」
我ながらもっと気の利いた話題はなかったのかと少し後悔したがナマエはそれでも楽しげに答えた。
「特別に……という訳ではないけど……好き、だな。甘い物は……嫌いじゃない」
目を細めて話すナマエに思わず見とれる。じっと見詰めていた俺様の視線に気付いたのかナマエがこちらに笑いかけた。
「今まで食べたものより……佐助が作った方が美味しい。砂糖や甘味料が違うの、かな?甘過ぎなくて……優しい味がする」
「ほ、本当?」
そんなつもりじゃなかったんだけど。やばい、嬉しい。頬が熱くて、思わず口元が緩む。
作ったものを誉められて、ここまで嬉しいと思ったのは初めてだ。
「ありがとう、佐助。……俺も、何か返せたらいいんだが……」
ナマエが申し訳なさそうに肩を竦める。確かに牢の中で出来ることなんて少ないし限られているが、そんなこと関係無いくらい俺様はナマエにたくさんのものを貰っている。ナマエは気付いていないだろうが。
「……じゃあ、手を……握って欲しいな」
その綺麗な君の手で。
ナマエは不思議そうな顔をしつつも格子の間から片手を差し出した。そっとその手を握る。あの雨の日と同じぬくもりがした。
あの後、泣き続ける俺様をナマエは黙って抱き締め続けた。雨で冷えきった体を包み込む温もりが酷く愛おしくて、このまま体がくっついてしまえばいいなんてことをつらつらと考えた。
しかしいつまでも抱き付いているわけにもいかない。このままではナマエが風邪をひいてしまう。後ろ髪を引かれる思いで体を離すとナマエの手がにゅっと伸びてきて俺様の頭を撫でた。さわさわと触れるそれに俺様が吃驚して目を丸くしているとナマエがふっと微笑んだ。
「心配、した」
「え?」
思わず聞き返してナマエを見詰める。綺麗な墨色がじわりと滲むように緩んだ。
「今日……昼食持ってきた人、佐助じゃなかったから、」
心配した、と再び繰り返すナマエにまた涙が溢れそうになる。
綺麗だ。どうしてこの人はこんなにも綺麗なんだろう。触れることを躊躇ってしまうほどに。
ぎゅっと握った手に力を込めた。繋いだ手から、好きだという想いが伝わっていけばいい。そうしたら言葉よりも雄弁に、この苦しいような切ないような想いが伝わるのに。右手に在る愛しい体温を感じつつそっと目を閉じた。