end(old)
「はぁ……」

いつものように食事を持って、いつもの牢に向かう。ただひとついつもと違うのはその重い足取りだけか。
昨日、訳の分からない衝動(あれが感情だったなんて、俺様は認めない)に駆られて話もろくに聞かずに牢を飛び出していった失態が俺様を億劫にする。

「(この!俺様が!緊張してる……わけない!)」

ただ、気分が悪かっただけなのだ。きっと。
そう自己完結してぱっと料理に視線を落とす。今日は味も濃いめにしてあるし、以前彼が残した食材だって入っていることすら分からないように料理してある。

「(絶対食べさせ……、る?)」

今、何か聞こえた。
現在、牢の中に収容中の者はナマエ以外いない。しかも基本ナマエは俺様が行かないかぎりほとんど寝ているので牢の中はいつも静かなのだ。

「(侵入者か……?)」

そっと膳を下において武器を手に取る。声の発生源はまだこちらに気付いていないらしく断続的に紡がれる音に耳を傾ける。これは……歌?
警戒するのも忘れて吸い寄せられるように近づけばより鮮明になる旋律。聞いたことのないリズムで口ずさまれるそれはナマエの国の歌だろうか。知らない曲なので上手いかどうかは分からないが俺様はただ、綺麗だと思った。時が止まって感じるほどに。

「佐助?」

かけられた声にはっとしてナマエの方を向けば澄んだ瞳がこちらを見つめていた。

「今の……聞いた?」

何だか盗み聞きしたようで気まずかったが今更誤魔化すことも出来ないのでなるべく表情を変えずに頷く。

「そうか……」
「……」
「………」
「……そっちが話しかけてきたんだからなんか言ってよ!」

これじゃあ居辛くって仕方がない。
置いてきた食事を取ってきてやればいつものようにナマエがこちらへ寄ってくる。いつも通りの所作に少しほっとした。

「……さっきの歌」

ぽつりと呟かれた言葉に顔を上げる。

「下手くそ、だったろ。所々抜けてたし……」

葱を箸で弄びながらそうこぼすナマエの表情は伏せられて見えない。

「うん?……まぁそれなりにうまかったんじゃない?俺様歌とか詳しくないし」

ほんの少しナマエの表情を伺うように覗けばナマエは困ったように顔を上げた。

「そう、か……?」
「え、うん。……綺麗だと、思ったけど」

何かおかしなことでも言っただろうか。
首を傾げているとかたりとナマエが箸を置いた。途端に音を失った牢の中は沈黙に包まれる。

「結構、好きな……歌だったんだ。カラオケに行くと……必ず歌っていた……」

語るナマエの表情はほんの少し寂寥に歪んでいる。からおけというのが何なのかはよくわからないがそれが悲しいことなのだというのはなんとなく分かった。

「物覚えは元々あまりよくない方なんだけど。もう、半分も思い出せないんだ……」

揺れる墨色にはっと息をのむ。ナマエの言葉はいつも突然でそれでいてどこか儚い。静かな声音の中に忍ばせられた感情は本当に微細で、けれど確かな不安定さが揺れている。その言葉に狂喜しながら口の中を転がる言葉を飲み込んだ。




(そんなこと)(忘れてしまえばいい)

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