縄で両腕を縛り付けたまま青年を座敷牢へと放り込む。こいつが何者なのかも分かってないから、とりあえず報告はそれが分かってからにしよう。(もしかしたらすぐに始末するはめになるかもしれないからね)
じっと動かない青年を見つめる。見れば見るほどみたことのない格好だ。防具や武器を身につけていないところをみるとどうやら戦っていたわけではなさそうだが。戦医……でもないか。(薬品の匂いがしない)考えれば考えるほど訳が分からなくなる。一体なぜこの青年はあの戦場に、こんな軽装で眠っていたのか。
「う……、……」
ぴくり、と青年の指先が動く。どうやら眠り姫のお目覚めのようだ。ゆっくりと開かれる瞳の色は髪と同じく色素の薄い墨色。まだ眠たそうに目を瞬かせる青年に「おはようさん。」と声をかけた。(もちろん牢ごしに)
「……」
何も言わずにぼうっと周りを見渡す青年を、俺様は警戒を怠らずに見つめる。
「ねぇ、起き抜けに悪いけどさぁ。あんた何であんなとこにいたの?なにが目的?」
俺様が問いかければ青年は今まで俺様がいたのに気がつかなかったかのように少し目を見開いて俺様を見返した。
「ねぇ、なんで?」
さっきよりも少し威圧して問いかけるが青年は何も言わない。むしろ困惑したように俺様を見つめる。
「……、ここ、何処……?」
初めて聞いた青年の声はきれいに澄んでいて、よく通る。おそるおそるといった風に紡がれた言葉に俺様はにっこりと微笑んで答えた。
「ここは甲斐の上田城地下の座敷牢。あんたは戦場に転がってるところを俺様に拾われたの」
俺様の答えに青年は「甲斐…?戦場…?」と更に困惑した表情になる。その様子は嘘が真か見抜けない。
「……なんで……俺、此処にいるの……?」
「あんたが怪しいからに決まってるでしょ。なんであんなとこにいたの?」
「あんなとこって……?」
「さっきいったでしょ!戦場跡だよ。戦場跡!」
進まない会話に青年は黙り込んでしまう。どうやら必死に何かを考えているようだ。
「……あんたは、誰?」
かなり今更な質問に俺様は大きくため息をつく。
「あんたは俺様の質問に答えないのに俺様が答える訳ないでしょー」
当たり前だ、と呆れて言えば青年は一瞬きょとんとした後に「それもそうか」と呟いた。(ずいぶん神経の太い奴だ)
「……じゃあ、その格好は?」
こちらを指差して訝しげな表情で聞いてくる青年。
それはまさか俺様の格好がおかしいって言いたいの……?
「あんたの方がよっぽどおかしいって。何?南蛮出身?」
「南蛮?」
青年は再びきょとんとして首を傾げる。
何!?こいつ南蛮も知らないの?それはおかしいって!!
「南蛮って……アメリカのこと?」
「あめりか?」
今度はこっちがきょとんとする番だった。
あめりか……って何?
「ちょっと……待って、此処って……日本?」
「日本っていうか……まぁ日の本だけど……?」
一体いまさら何を言っているんだ?
こいつは此処が何処の国なのかも知らずに転がっていたというのか。
「(まさか記憶喪失とか……?)」
俺様が記憶喪失の疑いをかけていると青年は「じゃあ、今……何時代?」と真面目に聞いてきた。……こりゃ本当に厄介な拾いものをしたかもしれない。
「はあ?戦国乱世の真っ只中に何いってんの?」
俺様がこれは完璧に記憶喪失だな、と結論付けていると青年は再び深く考え込んでしまった。しぃん、と座敷牢が静寂に包まれる。記憶喪失者なんて一体俺様はどうすればいいわけ?旦那に話せば絶対ほっとかないだろうし、保護するとか言い出すだろう。だがそんなことをして万が一にも噂が広まってしまえば真似をしようとする者で上田城は孤児院になってしまう。
しかしこのまま帰すのはあまりにも危険すぎる。(もしかしたらこれが演技とも限らない)俺様が悩んでいると静かに俯いていた青年がぱっと顔を上げた。夜明け前の澄んだ空のような瞳が俺様を捕らえる。
「俺、……外国、から来た……んだ?」
疑問系だし。
しかし初めて出た青年自身の情報に俺様は目を細めた。信用は出来ない。よく考えた上での言葉など、信じられるわけもない。
「嘘だね。大体じゃあ何であんなとこで寝てたの?異国人だったらそんなに言葉が流暢なはずがない」
俺様がまくし立てるように問いかけると青年は真っ直ぐに俺様の瞳を見つめて答える。
「嘘は言ってない……と思う。そこ……戦場で転がってたっていうのは、俺にも……よく、分からない……。だけど俺が"この"日本出身でないことは、確か」
妙にこの、を強調して青年が答える。
意味が分からない。異国の者だというのなら餓えていないのも、体に傷ひとつないのもまぁ説明が付くがそれにしたっておかしい。何故戦場にいたのがわからない?一人でいたというのも怪しい。姿から推測するに身分は悪くないはずだ。異国人なのだとしたら今の世、一人でいることなんてしない。これまでの情報を総合してゆっくりと口を開く。
「取り敢えず、あんたにはしばらく此処にいて貰うよ。まだ聞かなきゃいけないこともたっぷりあるしね」
俺様の言葉に青年は笑いも泣きもせずにただぼうっと「行くところもないし……それが一番かな……」と呟いた。今までに見たこともない反応だ。
「取り敢えず俺様の名前は猿飛佐助。怪しいことしたらすぐ殺すから。ま、よろしく」
そう言って笑うと青年は"殺す"という言葉には反応も見せずに「うん……。俺の名前はナマエ。……よろしく」と面倒くさげに呟いた。