短編
!捏造過多
!ゾンビ男主



俺は彼の友人ではなく、彼の手下でもない。俺は彼のカモで、だから今日も敗北しに彼に会いにいく。

「ダイスは11だ!まぁたお前の負けだな!ナマエ?」

ゲラゲラと口から蜘蛛を飛ばしながら彼が笑う。俺は巨大な盤上を転がるふたつのサイコロを見つめて「やあ、また負けた」と笑った。これで彼との勝負は6663敗0勝である。散らばったチップを相手の方に押しやって煤けた天井を見上げる。今日も完全敗北をきした俺に目の前のズダ袋は楽しそうに巨体を震わせて笑った。
俺は彼…ハロウィンタウンの影の支配者、ウーギー・ブギーを仰ぎ見ると眉を下げてみせた。ブギーの弄んだダイスがクルクルと盤上を踊る。

「これでお前はすってんてんだなァ!今夜はそろそろお開きにするか?」

散々カモられてブギーが満足した辺りで切り上げる。いつもと変わらない流れだった。


俺はウーギー・ブギーのカモである。自他共に認めるギャンブラーの彼は、それと同じくらい周知されたイカサマ師だった。イカサマ自体は一度出た目をテーブルを叩いて振りなおすなどといった乱暴かつお粗末なものだが、かといってそれを指摘しようものなら機嫌を損ねたブギーに煮込んで食われちまう。だから今となってはこのハロウィンタウンで彼とギャンブルをするのは俺くらいなものになっていた。負けるとわかっている勝負をする奴なんていない。ならば何故俺はブギーとギャンブルをするのか?それには非常に単純かつ残念な理由がある。

「最後にもうひと勝負しないか?」

珍しく食い下がってきた俺にブギーが片眉を吊り上げて笑う。「珍しいな?今日はどうした?」と問い掛けつつも乗り気なブギーに「俺だってたまには勝ちたいさ」とだけ返して盤を見下ろす。

「最後だから、楽にクラップスで遊ぼう。2ダイス振って7、11が出れば投げ手の勝ち。2、3、12が出れば投げ手の負けだ」

「ハハァン?久々だな。いいぜ。パスラインだ!投げ手はもちろん俺様だァ!」

薄汚い麻の手が赤いダイスを振るう。ブギーはニヤリとこちらを一瞥すると、毒々しい蛍光色に輝く盤上に賽を投げた。俺は静かな眼差しでそれを見つめる。踊るように転げるダイスが動きを止める。ブギーの表情が明るく綻んだ。出た目は4と3。合わせて7になる。ブギーの勝ちだった。

「ハァーハッハッ!随分あっさり決まったなァ!ナチュラルだ!残念だったなナマエ?」

縫い目が割けんばかりに口をかっ開いてブギーが笑う。最後の最後にイカサマ抜きで負けるのか…と俺は肩を落とした。イカサマうんぬん言う以前に俺には運がないのかもしれない。ああ、納得の話だ。

「ドントパス…負けたよブギー。あんたの勝ちだ」

立ち上がった俺は悲しい気持ちで踵を返す。沈みながら出口の方へ向かうと弾むように後について来たブギーが俺とは対象的な楽しそうな声音で声をかけてきた。

「次はいつ来んだァ?小鬼たちを迎えにやるからさっさと…」

「もう、来れないんだブギー」

ブギーの言葉を遮りながら背中越しに答える。「ァア?」と訝しげな声を出す彼に向き直って暗い穴ぼこの目を見つめた。

「さっきのクラップスが最後の勝負だったんだよ、ブギー。俺にはもう賭けるものがないんだ。6664戦の、君との勝負に負けたからね。ギャンブルはもう出来ない。…今まで楽しかったよ。最後くらい、勝ちたかったけどね」

沈黙が落ちる。彼は目をまん丸にしたまま止まっていて、俺は素早く背中を向けると「じゃあ」と言って立ち去った。


かなしくなる。俺は、俺はブギーのことが好きだったのだ。だからカモにされても彼の元に通い続けた。恋してたんだ。あの極悪なウーギー・ブギーに。でも、もう会いにいく口実を失ってしまった…。ギャンブル相手になれない俺に、彼は見向きもしないだろう。かなしい…。
抉れた方の片目からポロリと涙が一粒落ちる。生きていない身体でも、涙は流れるのだ。トボトボと橋を嘆きの丘の方に向かって歩いていると後ろから誰かが俺の名前を呼びながら追いかけてきた。小鬼たちだ。

「ハァイ!ナマエ!」

「ナマエ!」

「もう来ないって本当?」

「困るよ!」

「そうだよ!ブギーの親分がオカンムリだ!」

「お前それ分かって使ってるのか?」

「なんだと?!」

「アンタたちはちょっと黙ってて!」

キーキー喚き立てる声にクラクラする。目を回す俺の手を引いてショックが耳元で叫ぶ。

「ナマエが来ないとボスは不機嫌よ!アンタの来る日はいつだってスペシャルなんだから!」

「お昼寝だってナマエの来る日はしない!」

「ナマエの来た日はいつもご馳走だ!」

「ブギーの機嫌もうんといい!」

「「「ナマエが来ないと困るんだ!」」」

「ちょ、ちょっと待てよ」

こちらに顔を突き出してそう訴える小鬼たちを抑えつつ声を上げる。そんな…だって。ぇえ?
嬉しい、けど、戸惑う。ブギーがそんな?にわかには信じられない話だ。言っているのがロック・ショック・バレルだっていうのもなおさら。だってブギーが…あのブギーマンだぞ?ハロウィンタウンいちのワルで、極悪非道な奴なのに。本当だったらとても嬉しいけど…でも…。

「ナマエ!」

突然名前を呼ばれてビックリしながら顔を上げる。すると噂のブギーが大きな麻袋を担いでゆさゆさとこちらに寄ってくる所だった。

「さっき勝負は…ヴ〜ゥ…イカサマしたから俺の負けだ!お前は見抜けなかったようだがなァ!」

彼の台詞に俺はパチパチと目を瞬かせる。だってそうだ。彼はイカサマしていない。一体何回勝負してると思ってるんだ。彼のあのお粗末なイカサマに俺が気づかない訳がない。一体ブギーは何をするつもりなんだ?わけが分からず黙りこくる俺に近付くとブギーはバツが悪そうに持っていた大きな麻袋を差し出す。

「賭けのペナルティだ。全賭けで俺はお前から巻き上げたもん全てを賭けた」

受け取った麻袋を開けて中を覗く。そこには俺が今まで賭けで巻き上げられたもの全てが入っていた。惚けながらブギーを見上げると彼は不安げに眉間を寄せて「これでまた賭け品が戻ったろう?また巻き上げてやるから必ず来い。絶対だぞ!」と凄んでみせた。ブギーがやってもいないイカサマを白状して自分から負けるなんて…。
喜ぶ小鬼たちに歩くバスタブを用意させながら踵を返す彼の後ろ姿を見送ってひとりでに笑みを浮かべる。

俺は勝手に自分の負けを確定していたけれど、もしかしたら、本当にもしかすると、俺はこの勝負に勝てるのかもしれない。讃然と輝く6664戦目の1勝を腕に抱いて俺は帰路を駆け出した。そう、勝率は、ゼロではないのだ。


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