短編
!捏造過多
!デストロン輸送兵主





我々は、悪である。誰がそう決めたのかは知らない。おそらく、1000万年前から決まっていたことなのだろう。今さらそれがどうこうとは思わない。ただ――ときどき――無性に――…。


本日の戦闘が終わり、負傷した身体を引きずって海底基地まで帰還を果たした。いつもと同じようにエネルギーを強奪している最中にサイバトロンの連中と出くわして戦闘になり、こちらが優勢という所でスタースクリームがミスをして呆気なくやられ退却を余儀無くされた訳だ。

エネルギーを奪うのは、確かに悪である。でも生まれつきのデストロンである自分たちは奪うことしかやり方を知らないし、サイバトロンのように人間たちがエネルギーを分けてくれるような立場じゃない。それは自業自得だけど、人間たちだって地球からエネルギーを得ているじゃないか。生きている有機生命体を殺して捕食するよりも水力や電気からエネルギーを得る方が余程お優しいのではないか。惑星から生じるエネルギーは誰のものでもない。だからそれをちょっと横取りするくらい、そんなにギャアギャア言われるようなことじゃないと、サンダークラッカーは思う。この考え方自体、所謂デストロン風なのかもしれないが。

「サンダークラッカー?リペアしに行くのか」

ぼんやりとそんなことを考えながら通路を歩いていると、ドックからひょいと顔を出したナマエがそう声をかけてきた。それにひとつ頷いてモクモクと煙を上げる背部エンジンを見せる。

「ああ、この通りだ。ビルドロンかスタースクリームは空いてるか?」

「さっき行って追い返された所さ。スタースクリームは腕をやられてるしボーンクラッシャーとスカベンジャーも修理が必要だ。あいつら仲間を優先するからな。こっちに順番が回ってくるのは随分あとだろうよ」

そう肩をすくめたナマエは配線のむき出た側部装甲を指差した。バチバチと赤い電気の火花が散っている。「災難だな」と声を掛けると「そうでもない」と言って意味あり気にこちらに目配せをして来た。意図が分からずサンダークラッカーは首を傾ける。

「リペアまでお互い時間が余ってるからな。それまで、俺の部屋で飲もうぜ」

とっときのエネルゴンを出してやる、と言ってナマエが唇を吊り上げる。サンダークラッカーは考える前に首を縦に振った。誰かの奢りなんて機会を逃すわけがない。満足そうに頷いた彼の後に続いてナマエのプライベートルームを訪れた。初めて足を踏み入れた室内を眺めるのもそこそこに、適当に腰掛けて待っていると小さめのエネルゴンキューブを持ってナマエが隣に腰を降ろす。キューブに満たされたエネルギーは美しい紫の輝きを放っている。一目で純度の高いものだと分かった。セイバートロン産のものだろうか。

「あーまあ、なんだ、お疲れ」

そう、言いにくそうに呟いてナマエがキューブを掲げる。一瞬オプティックを見開いてから、意図を察して彼のキューブと自分のものを弾いた。セイバートロン…デストロンではあまりない風習だ。人間たちやサイバトロン、仲の…いい部隊の連中は、よくやっている。口に含んだエネルゴンは上等なものだった。高濃度のエネルギーが一気に身体を満たしていくのを感じてほう、と排気をもらす。スカイワープやコーンヘッズが知ったら羨ましがるだろう。もちろん教えてやるつもりはないが。
エネルゴンを補給するサンダークラッカーを見てナマエが満足そうにスコープを細める。「さっきは何を考えてたんだ?」と問い掛けてきたナマエを見て、ゆっくりとキューブを膝に下ろした。

「別に…何も考えちゃいない。…ただ、昔のことを考えてただけだ」

「昔って?」

ナマエの赤いアイセンサーが真っ直ぐにサンダークラッカーを映す。周りに溢れているのと同じ、クリムゾンレッドを見つめてサンダークラッカーは呟いた。

「なんで俺たちはデストロンなんだろうな。俺だって、なりたくてこうなったわけじゃないのに」

スタースクリームにこんなことを言ったら馬鹿にされるだろう。スカイワープなら「そりゃどういう意味でい!」と怒るかもしれない。しかしナマエは静かだった。彼は――隠してはいるが、相当の変わり者である。サンダークラッカーと、同じように。実はデストロンらしくないデストロンなのだ。

「理由なんてないさ。俺たちは製造されるべくして製造されたんだ。戦闘用の、兵士としてな」

それはサンダークラッカーの望んだ答えではなかった。サンダークラッカーはもっと、根源的な意味で言ったのである。普段使わないブレインを働かせて、ナマエに声をかけられる前の思考を再生する。

「今日はエネルギーを強奪しようとして、失敗しただろ。発電所を襲おうとしてよ。いい加減効率が悪いと思うんだよ。これならインセクトロン共に山やら草原を襲わせたほうが、よっぽど生産的だ。大体、サイバトロンは何だって俺たちのやること全部にケチ付けんだ?人間共とやってることは変わらねぇじゃねぇか!」

話しているうちに機体温度が上昇してブレインサーキットが熱を帯びる。ナマエは声を荒げたサンダークラッカーにオプティックを丸くしつつ、そうだなぁ、と口腔を開いた。

「インセクトロンは所詮独立部隊だからな。メガトロン様も完全に信用しちゃいないんだろうよ。それにあいつら、作る量はすごいが消費する量も馬鹿になんねぇからな」

「でも、植物を食い荒らす程度なら人間共とやってることは同じはずだ。資源は誰のものでもないんだから、俺たちが手にいれたっていいじゃねぇか。誰にも、あいつらに、邪魔されるいわれはねぇ」

「まあ、そりゃそうだが…。サイバトロンもそれだけが目的でやってる訳じゃあるまいよ。何しろ敵同士なんだしよ」

「だって、それにしても。…不公平じゃねぇか。地球にきてからこっち。俺たちは、エネルギーに飢えてる」

不満気に呟いたサンダークラッカーを、ナマエがオプティックを細めて見つめる。

「お前、サイバトロンが羨ましいのか?」

驚きをまじえた声音で核心を突かれてサンダークラッカーは言葉を詰まらせた。そう、サンダークラッカーはサイバトロンが羨ましい。
戦争中とはいえ現状、サイバトロンはデストロンに比べてエネルギー供給が安定している。エネルゴンキューブの開発こそこちらが先んじていたが、元々デストロンは戦闘集団だ。一度技術が流出してしまえば技術者の多いサイバトロンにあっという間に吸収されてしまう。そもそも戦闘用に作られているデストロンたちは技術云々の開発よりも兵器を作る方が余程得意なのである。その上基本パーソナリティに戦闘本能が組み込まれている我々は、例えこの戦争が自分たちの勝利に終わっても、また新たな戦いを求めて終わりない戦争に身を投じるのではないかとサンダークラッカーは考えていた。
根源的戦闘本能の有無はサイバトロンとデストロンを隔てる、大きな違いである。飢えることなく細々と、穏やかに生きていきたいサンダークラッカーとしては、闘争心の組み込まれていないサイバトロンたちは羨望の対象だった。同じ星で作られているのに、あんまりである。これじゃあまりにもーーサイバトロンの方が生き易い。

黙り込んだサンダークラッカーをじっと見つめて、ナマエは短く排気した。

「お前の言いたいことは、なんとなく分かる」

予想しなかった言葉にサンダークラッカーはオプティックを瞬かせる。理解を得られるとは思っていなかった。この話は他のジェットロンたちにして失笑を買って以来、幾度思い浮かべつつも考えないようにしていた話だったからだ。ナマエは少し考え込むような仕草をする。そして結論が出なかったとでもいう様に頭を振ってサンダークラッカーを見つめると、わざとらしく雰囲気を変えて、軽い口調でもちかけてきた。

「俺と逃げるか?サンダークラッカー」

余りにも、危険な会話だ。ナマエがこんなことをいうなんて信じられない様な気持ちで――しかし、期待にブレインサーキットをさざめかせながら彼に問いかけた。

「どうして、逃げる必要が?」

努めて気のない風を装って発した音声は震えていた。ナマエはなんでもないようにエネルゴンキューブに視線を落としながら続ける。

「なに、お前の考えていることは俺と似てるってだけの話よ。永遠に侵略し続けるっていうのは、どだい無理な話だ。例えメガトロン様の言う宇宙征服ってやつが成功したって、俺たちの戦闘本能が消えるわけじゃねぇ。行き着く先はどうしたって内輪揉めになるだろうよ。逃れられない規模のな。そうなったら戦い、戦い、戦いで終わりなんかありゃしねぇ。しかも今より悪い状況になることは明白だ。なら今のうちに、好きな奴と、どっか遠くに隠れちまうのが一番の得策だとは思わねぇか?」

ナマエの赤いオプティックがサンダークラッカーを見つめる。サンダークラッカーは――信じられないことに――何故か幸せな気持ちになった。
ナマエとは、そんなに接点があるわけではない。彼はアストロトレインの部下であるし、普段はサンダークラッカーよりもスカイワープと仲のいい方だ。彼からの好意など今まで特別感じたことはない。いや、でも。しかし。

「…行くわけねぇだろ」

サンダークラッカーは冷淡な調子でナマエの提案を両断する。ナマエはサンダークラッカーの答えを予想していたかのように「麗しのシーカーと駆け落ちできるかと思ったのに、残念」と呟いて両翼を竦めてみせた。その仕草が妙に様になっていてサンダークラッカーは目を奪われる。

現実、安定を望むサンダークラッカーがリスクの大きい賭けに出るなんて事はない。しかし、自分を理解出来るこの男となら、当てのない逃避行に出てもいいかもしれない、とサンダークラッカーは思った。


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