俺はナマエ。かの世界政府直属の暗躍諜報機関、サイファーポールNo.9に所属している諜報員だ。正直戦闘能力は580道力というチームワーストな強さだが人心掌握術に長けた俺は、諜報技術においては他より頭二つ分ほど抜きん出ている自信がある。CP9のエージェントとしては中々の古株だし、そろそろ確固たる地位を築いても良いはずだ。まあ役職なんて面倒だからいらないけどね!
仲間たちはみんな殺伐としていて素直じゃないのも多いが如何せん、俺の年齢ともなると可愛いもんだ。そんなアットホームな職場に、一人だけ厄介な男がいる。チームの中で一番年若く2000道力近い力を持つ化け物、カクである。約俺4人分の強さを持つこいつは、しかし俺が4人がかりで飛びかかっても勝てそうもない。そんな規格外の過去の大型新人くんはどうも俺のことがお気に召さないらしく、随分と俺のことを毛嫌いしている…というかぶっちゃけ俺のこと大嫌いだ。人畜無害な顔して俺と目を合わせた瞬間忌々しげに眉間にシワを寄せて挨拶変わりの悪態が飛んでくる。いったい俺が何したってんだよ。最近の若者怖すぎる。
そのうえ彼は俺限定で非常に暴力的だ。出会い頭に嵐脚が飛んできたのも二三度の話じゃない。一応俺が(ギリギリとはいえ)避けられるということは、それなりに手加減はしてくれている様だが、避け損ねて骨に罅が入らんばかりの激痛を頂戴することも少なくない。そんな俺はこのデンジャーな年下の仕事仲間のことがあまり好きではない。というか初対面から悪態ついて年上のチームメイトに嵐脚決める様なこわっぱを誰が好意的な目線で見れるかってんだちくしょうめ。そんなこんなで俺とカクの仲は最悪だった。他のメンバーとは酒を酌み交わすことも少なくない温厚かつフレンドリーな俺が、なんてこった。
諜報技術に長けた俺は長期の任務を任されることが多く、長い一仕事を終えていつものように本部のラウンジでゆったりとくつろいでいた。フクロウやジャブラがいることは多いが、この日は珍しく大体のメンツが揃っていて、「珍しいこともあるもんだ」と軽口を叩いていた時のことだった。
「嵐脚」
放たれた言葉と同時に突然生じた殺気に慌てて座っていたソファから飛び退くと、瞬間飛来した斬撃が数秒前まで俺のいた場所を凄惨に斬り裂いた。辺り一面に飛び散る羽毛にカリファが咎めるような口調で非難の声をあげる。
「カク」
案の定の人物に辟易とした思いで殺気の方を振り向くと、そこにはやっぱり件の長っぱながたいして悪びれた様子もなく佇んでいた。
「惜しいのう」
「ぎゃはははは!ちげぇねぇ!」
「ちょっとそれ洒落になんねぇから、ジャブラ」
馬鹿みてぇに笑い声をあげるジャブラを軽くあしらって目の前のカクと対峙する。こちらを睥睨するまん丸い目を見返してため息交じりに口を開いた。
「なーんだってお仕事終わりに突然奇襲されなきゃいけないわけだ?こりゃ。お前が手加減の度合い間違えたら死ぬからな?俺が」
「チャパパー。ナマエ情けないー」
「フクロウはお口にチャックしときなさい」
フクロウを黙らせて不機嫌そうなカクに問い掛ける。カクは眉間にシワを寄せて苛立たしげに口を開いた。
「避けれんかったらそれまでの男だったという話じゃ。さっさと失せんか」
「辛辣すぎるだろ。クソガキ。年上の先輩を少しはいたわれ」
「ワシはあんたのことを先輩だとは認めとらん」
「なんつー事いうのこの子は」
ちょっとぉージャブラくん新人教育なってないんじゃなーい?
ふざけ交じりにジャブラを振り返れば「俺のせいじゃねぇだ狼牙!」と言って吠えたので軽く笑みを浮かべてかわしておく。しかし困ったものでこれは結構なうざったさだ。俺は後頭部を掻きながら深いため息をついた。
「前々から思ってたんだけど俺、お前に何かしたかぁ?全然心当たりないんだが…というかお前さ…」
何か言いたげな噛みつきそうな表情をするカクを遮って言葉を続ける。
全てを冗談で終わらせる狡い大人の顔をして軽口を吐いた。
「もっと俺に優しくしろよ」
その瞬間何か言いたげだったカクがカッと顔を赤くして吠えた。
「あんたがそれを言うんか…!」
「あ?」
珍しく嫌悪以外に歪んだ表情が俺を見つめる。
「優しくないのはあんたの方じゃろうが!わしは知っとるぞ!わしが正式にここに加入する事になった時、あんたがそれを渋ったこと!」
「はぁ?」
「とぼけるとはいやらしい男じゃ!ジャブラから聞いたわい!あんたがわしのことは、いらんと言うとったとな!」
何だそりゃ初耳…。というかオイ。そんなこと言っちゃいねぇぞ俺。
「ジャブラ?」
そそくさとこの場を立ち去ろうとしていた馬鹿犬を呼び止める。ギクリとしてゆっくりこちらを振り返ったジャブラは「俺のせいじゃねぇ!」と叫んだ。
「新人に舐められちゃいけねぇと思ってちっと脅しただけだ!だいたいナマエも似たようなこと言ってただ狼牙!」
「俺は、また俺より強い奴が来るのか…ってぼやいただけだろうが!諜報専門の俺の記憶力舐めんなよ?」
似たようなもんだ!全然違うだろ!と争い合う俺たちに勢いを削がれた本人は呆然としている。それを見て優雅に紅茶を飲んでいたカリファがふふ、と軽やかな笑みを零した。
「良かったじゃない、カク。ナマエに疎まれていたわけじゃなくて」
「チャパパー。カクはナマエに憧れてCP9に入ったチャパパー」
「は?」
フクロウの言葉にぽかんとして彼を振り返る。カクは焦った様子で「黙れフクロウ!」と叫んだが、フクロウはチャパチャパ言いながら部屋を跳ね回った。
「え、何それ知らない。フクロウ本当?」
「チャパー、訓練生時代からそうだー!」
「黙らんか!」
怒ったカクがフクロウに向かって嵐脚を放つ。フクロウは跳ねながらそれを避けるとサッとブルーノの背後に隠れた。
「カクさんや、それ本当か?」
明らかな怒気を滲ませるカクに問いかけると彼はビクリと身を震わせて「煩いわい!」と叫んだ。その耳は分かりやすく真っ赤に染まっている。俺は腹がほんわりと暖かくなるような感覚を覚えた。明らかに他より戦闘能力で劣った俺には、憧れなんていう言葉はくすぐったくて…っつーかマジで嬉しい。
どのメンバーより可愛いじゃねぇか、馬鹿野郎。どうやらこれから楽しい職場になりそうである。