!浮気性の恋人
悪のカリスマ。天夜叉。闇ブローカー。ドレスローザ国王。
彼を形容する言葉はいくらでもある。何たって彼は海軍公認の海賊、王下七武海の一員であり裏社会のキングであり、そして同時に表社会でも王様をやっていたりする、それはそれは規格外にビックな男なのである。そして、そんな男の恋人というのがなんと、いちヒューマンショップの店員だったナマエなのだから人生とは奇なりだ。
ナマエは今でも覚えている。驚くべきことに最初にアプローチを掛けてきたのはドフラミンゴの方からだった。その時のナマエの衝撃は正に筆舌に尽くし難い。しかしナマエは生来、恋人にするにはある致命的な欠点を抱えていた。その欠点を承知の上でドフラミンゴが彼を選んだのかというと、それは明らかな話で。
「おい」
愛と情熱の国、ドレスローザ。その豪奢な王宮の一室で手紙を書いていたナマエは突然の恋人の来訪にあからさまな動揺を見せた。
「は…?えっドフラミン…え?」
つい昨日海軍本部に呼び出しを食らったので暫く留守にする、と言っていたはずの恋人の登場に、ナマエが驚くのも無理はなかった。だがナマエの態度にはそれ以外の理由が含まれている。慌てて隠した卓上の便箋にはドフラミンゴ宛てではない愛の言葉が綴られていた。手紙なんて古風なもん使いやがって、とドフラミンゴは内心で舌打ちをする。
じわりと怒気を滲ませる恋人を見てごまかせないことを悟ったのかナマエは低頭して「ごめん!」と謝った。そう、ナマエの抱える致命的な欠点とは浮気性のことである。元々ドフラミンゴにアプローチされる前だって常に二人以上の人間と関係を結んでいたナマエは、しかし決してそれを楽しんでいるわけではなかった。最早これは病なのである。こんなことをしてはいけない、と思ってもナマエは浮気を辞めることができない。そのうえ、己の病を自覚せず、それが相手にばれるとその毎度に低頭釈明し謝り倒すのもナマエの悪癖だった。出来もしないことならば弁解も反省も意味がないというのに。
今回にしてもナマエはいつもと同じように謝った。もうしない。気の迷いだったんだ。本当に大切なのはあなただけ。もちろん、これはナマエの本心だが、度重なる行為には一種の甘えが含まれている。
ナマエはこの台詞を心底本心から吐きつつも、いつも女を侍らせているドフラミンゴならきっと許してくれるだろうと高をくくっている。実際、今までの経験からして女よりも男の方が格段に許してくれる回数が多かった。そのうえナマエはドフラミンゴが時たま思い出したように女を抱いているのを知っているのだ。
「手紙を書いていただけだなんて言わない。言い訳は…しない。でも、あなたを愛してるんだ!許してくれるなら何でもする!だから許してくれ…!頼む!」
「フッフッフッ、何でもか?ナマエ」
「も、もちろん!俺にできることなら…!」
ニヤニヤといつもと変わらない笑みを浮かべながらドフラミンゴがナマエの目の前にしゃがみ込む。その言葉にナマエは目を輝かせた。
「そうだな…じゃあ…」と言ってドフラミンゴが楽しそうに笑う。ナマエは安心したように微かに眉を下げた。
「死んで俺に詫びろ」
その言葉にナマエは目を見開く。しかしここで機嫌を損ねるわけにはいかない、と瞬時に返答した。
「分かった」
浅い言葉。だが即答だった。瞬間ドフラミンゴが懐から素早くピストルを取り出す。声を上げる間も無く放たれた銃弾に、ナマエは脳天を撃ち抜かれた。あまりにも至近距離で打たれたため体が後ろに吹き飛ぶ。即死だった。全ての物事に娯楽性を求めるドフラミンゴにしては、呆気ない殺し方である。
そんなことをする余裕もないくらい怒っていたのか、せめてもの慈悲だったのかは分からない。けれどドフラミンゴは、もうナマエのことを許していた。"なんでも"という言葉通り、報いを受けたのだから当然だ。ナマエはまさか本当に殺されるとは思いもよらなかっただろうが。
「フッフッフッ」
ドフラミンゴは誰ともなしに笑ってみせる。ナマエのことを、ドフラミンゴは確かに好いていた。少なくとも浮気をされて死ぬ程の代償を求める程度には。ドフラミンゴも女を抱いたが、ただの性欲処理と心を傾けるのとでは訳が違う。体を重ねるなどよりも手紙を書く方がよっぽど罪が重いのだ。ドフラミンゴの思考は複雑なようで実は単純だ。何度も場数を踏んでいるナマエのその場しのぎの謝罪にドフラミンゴは気づいていない。しかしそんなことはどうでもいいことだ。この愛は双方にとって比較的良好な形で完結しているのだから。