!クルー主
レッド・フォース号の船長であり、四皇でもあり、かの有名な赤髪海賊団のキャプテンでもあるシャンクスは今、男の膝の上で惰眠を貪っていた。揺れる甲板の、さらに硬い男の膝の上である。寝心地などいいはずもない。しかしシャンクスは大の字になって、それは気分良さそうに目を閉じている。唯一付け加えるとするのなら、そう、その男が巨人であるということくらいだろうか。
「またお頭がナマエをベッド代わりにして寝てやがる!」
肉を頬張りながらやって来たルゥが正真正銘、膝の上で大の字になって転がっているシャンクスを見上げて笑い声を上げる。
「おれの膝でも、甲板よりはやわらかいからね」
そう言って笑った巨人はナマエという。彼は小さな船長を見下ろして柔らかく笑った。
その声に目を覚ましたシャンクスは、膝下のルゥを見下ろして悪戯っぽく笑った。
「お前には貸してやらねぇからなー」
うつ伏せになってルゥを見下ろすシャンクスに「誰にも貸す気ないだろうが!」と言ってルゥが笑う。「ちげぇねぇ!」と言って笑うクルーたちに混ざってナマエも同じように笑い声を上げた。
賑やかな甲板の様子に、船内からベックマンが顔を出す。そしてナマエとシャンクスを見ると呆れたような顔で煙草をふかした。
「またナマエに絡んでんのか」
ナマエがシャンクスに甘いのは有名な話である。そしてその逆も、さらに有名な話であった。お互いに甘いこの二人は、しかし、そういう関係ではないのだから面倒くさくて堪らない。いや、シャンクスに限ってはその気満々であるのだが。
「ナマエも、そんな風でいいのか?巨人族の戦士ってのは誇り高いんだろう?」
ベックマンの言葉に「余計なことは言うな」と言わんばかりにシャンクスが唇を尖らせてブーブーと小さくベックマンに野次を飛ばす。それを気にも留めずナマエは軽く笑った。
「おれ、巨人族じゃないからね」
「えっ」
うつ伏せていたシャンクスが驚いた顔をしてナマエを見上げる。周りのクルーたちも同じ反応だった。巨人族ではないのにこんなに体躯がでかいのか?何食ったらこうなるんだ?
「おれ、悪魔の実の能力者だよ。ヒトヒトの実、モデル巨人族」
「はああ?!えっ何それ知らない!お頭知ってたんスか?」
「……」
「なんか喋れよ!」
衝撃の事実に驚くクルーたちを見てナマエは「言ってなかったっけ?」と一人思案する。黙り込んで思いつめた顔をするシャンクスを見かねたクルーが「あ、じゃあさ!」と明るい声を出した。
「ナマエ、人型に戻ってみろよ!そうしたらもう甲板で寝なくていいし、船内にだって余裕で入れるぜ!」
その言葉にいち早く反応したのはナマエではなくシャンクスだった。シャンクスはずいぶんと前からナマエに懸想していたが、彼の体躯の大きさが色々と障害になっている部分が多かった。しかしナマエが正真正銘の巨人族ではないというのはシャンクスにとって朗報だ。人のサイズであれば一緒に寝ていても潰されることはないし、夜の誘いだってできるかもしれない。よく考えたらいいことだらけである。さっきまでナマエに知らないことがあったことに落ち込んでいたが、そんな場合ではない。
「ナマエッ、人型になれ!」
手のひらの上に登ってそう叫んだシャンクスに、ナマエは困ったように眉を下げた。
「もうなってるよ」
「え?」
途端、ぼふんと音がして目の前の巨体が一瞬にして消える。甲板に着地したシャンクスが目を凝らすと靄の中に異様な形のシルエットが浮かび上がった。現れたその姿にシャンクスを含めたクルーは一様にぎょっと身をすくめる。
そこにいたのは、人間大の大きなサソリだった。
「…、ナマエッ?」
「なに?お頭」
巨大なサソリが器用に口を動かして人間の言葉を話す。呆気にとられる周りにナマエはキチチ、と尾をしならせた。
「お前…え?サソリ?」
「うん。おれはサソリ。ヒトヒトの実を食べた、サソリ。これは人獣型」
お箸も持てるし、二足でも立てるよ。
そう言って後ろ足(よく見たら人間に近い)でゆらりと立ち上がったナマエにクルーたちは頭痛のする思いがした。確かにナマエは砂漠帯の島で仲間になったけど、これは…。
チラリと船長の様子を伺う。シャンクスは口元に手を当てて何かを考え込むとゆっくりとナマエを仰ぎ見た。
「教えてくれ、ナマエ」
その瞳は酷く真剣だ。
「なに?」と体を傾けたナマエに周りは息を飲む。シャンクスは明らかにナマエをそういう意味で気に入っていた。しかし巨人どころか人ですらないナマエに一体何をーー。
「サソリの求愛ってのは、一体どういう風なんだ?」
「あ、ダンスだよ。メスと一緒にダンスするんだ」
ぶっ、ぶれない!うちのお頭はぶれないぞ!
わあああ、と謎の歓声が上がる船内でシャンクスはナマエに手を伸ばした。
「踊るぞ!」
差し出された手のひらを見つめて、ナマエは目を丸くする。おろおろとしている様子のナマエを見かねてヤソップが「俺たちも踊るぞ!」と叫んで立ち上がった。「お前らはいい!」と声を上げるシャンクスを無視してどんちゃん騒ぎの輪が広がって行く。渋い顔をしつつも楽しげなシャンクスの様子に、ナマエはホッと息を吐いた。何故だか分からないが、シャンクスとは踊りたくなかった。それが何故かは分からないけれど。
サソリのような生物にとって求愛とは愛情というよりは生存戦略に近い。より屈強な子孫を残すための選別で行うものであり、人間のそれとは大きく異なるのだ。いくら気が合っても、生殖的に相性が悪ければ殺し合いをする習性を遺伝子レベルで組み込まれている。それは、悪魔の実でさえも覆すことが出来ない絶対だ。
サソリとは、そういう生物である。