短編
!同期
!薄暗い





ナマエ・ミョウジはかの有名な十三代調査兵団団長エルヴィン・スミスの数少ない同期だ。当然、当初は調査兵団の中にも彼らの同期はたくさんいたが、今は一握りの実力者しか残っていない。他の同期はもう随分と巨人共の餌食となってしまっていた。

そんな中でナマエは生き残った者の中では非常に稀な…至って凡庸な兵士であった。立体機動技術、軍略、指揮力全てに置いて可もなく不可もない彼は、それでも大層な人当たりの良さと柔らかな物腰により、数多の兵士に好かれていた。随分と長く調査兵団にいるので、兵団の中で彼の顔を知らない者はほぼ皆無に等しい。そして彼とエルヴィンが旧知の仲であるということも、調査兵団の間では有名な話である。



エルヴィンは慣れた足取りで旧友の部屋を目指していた。本部に併設された兵舎の一室の前に立ち止まると、二回ノックをして静かに扉を開く。そこには淡い髪をした痩身の男が、酷く憔悴した様子で椅子に項垂れていた。彼はエルヴィンを見ると軽く眉を下げて顔を上げる。


「エルヴィンか…」


弱々しい笑顔にエルヴィンは苦笑を浮かべて彼の隣りに腰掛けた。


「…ナマエ」


エルヴィンは努めて優しい声音で彼の名を呼ぶ。ナマエは遠い目をして虚空を仰ぎ見た。


「ああ……いってしまったよ」


その目は淋しげな悲哀に満ちていた。エルヴィンは無言でナマエを見つめる。「彼女は…」と呟いてナマエは握った両手に視線を落とした。


「優秀な、兵士だったんだ。とても優秀な…。俺なんかとは比べものにならないほど強くて、討伐数も抜きん出ていた。調査兵団も今年に入って五年目になったばかりだったんだ…。今度こそ、大丈夫だと思ったのに……また…」


そこまで言ってナマエは押し黙る。エルヴィンは震えるナマエの肩にそっと手を添えた。長い沈黙が室内に落ちる。

ナマエが恋人を失うのはこれで四度目のことだった。そろそろ結婚を考えてみようと思って、とナマエが最初の恋人を紹介してきた時のことが、エルヴィンの記憶に蘇る。彼女は、実は数年前から密かにナマエと交際を続けていたらしい女性だった。ずっと黙っててごめん、とナマエがエルヴィンに紹介した時は大層驚いたものである。そんな彼女はその数日後に巨人の胃袋の中にいってしまった。急遽行われた壁外演習でのことだった。

二番目の恋人はお見合いで紹介された分隊長を務める女性だった。お互いに意気投合した彼らはすぐに打ち解けてお似合いの恋人同士となった。彼女は随分と厳しいことで有名だったが、ナマエの優しい雰囲気に感化されて幾分か柔らかくなったので兵士たちは大層それを喜んだものだった。彼女が亡くなったのは、その暫く後。班内に新しく入ってきた新兵を庇って巨人に半身を砕かれた。予期せぬ…壁外調査中のことだった。

三番目の恋人は彼女に庇われた新兵だった。恋人を二人続けて失い、憔悴していたナマエを献身的に慰め、彼に淡い想いを告げた。最初は突っぱねていたナマエも、彼女の一途な姿に絆されて何かと目をかけるようになり、そのうち交際を始めた。瑞々しい若さはナマエを癒し、彼は徐々に元の穏やかさを取り戻していった。彼らは微笑ましい恋人同士だった。そんな彼が彼女を失ったのは、彼女にとって二度目の壁外調査でのこと。索敵を掻い潜った奇行種と対峙した彼女は呆気なくその体を引き裂かれた。


そして、四度目の恋人。今回、失われた彼女はエルヴィン自身もよく知っている。非常に優秀で己に厳しく、いつまでも燦然とした若さを失わない人物だった。ナマエとも昔からの付き合いで、お互いそろそろ往生するかと笑い合えるような仲だった。そんな彼女は、これまた壁外調査中、壁のすぐ外側に出現した巨人の大群に囲まれ、奮戦の末ガスを失い少しづつ体を齧られて死んだ。今までで一番壮絶で、一番凄惨な最後だった。

今、ナマエはひとり自室の片隅で憔悴した様子で項垂れている。エルヴィンはそんな彼の肩を抱いて慈しむように背中を摩った。ナマエは息さえ漏らさずにエルヴィンの手のひらに沿う。無駄なことは何も語らない唇が今はただ有難かった。


「死神だ」


ナマエが独り言のようにぽつりと呟いた。


「まるで、俺は死神だよ」


続いて確かめるように繰り返される言葉にエルヴィンは優しく微笑を浮かべる。


「おかしいな。私は死神の友人がいたというのに、こんなに長生きしているのか」


態とおどけた調子を作ってエルヴィンが笑う。すると彼を見上げたナマエも、漸く顔に微かな笑顔を浮かべた。


「やあ、本当だな。…お前はどうやら、平気なようだ」


久方ぶりに笑ったナマエがそっとエルヴィンの手を握る。その手を強く握り返して「そうとも」とエルヴィンは朗らかに笑った。漸くナマエに柔らかな笑顔が戻る。エルヴィンはその様子を満足そうに見つめて目を細めた。

ナマエは、知っている。けれど気付かない。目の前の男が調査兵団の全てを掌握し、采配していること。自身の恋人である人物を、全て前線や危険度の高い持ち場に配置し、そのゆく末を虎視眈々と見つめていること。彼が目の前の憔悴した男に、並々ならぬ恋情を抱いていること。自身が恋人を紹介する度に微笑の下で、旧友が身を焦がさんばかりの激情にかられていること。

目の前の男に微笑みかけるナマエは、まだ知らない。



死神の恋人


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