俺の名前はナマエ。研究所での名称はType-CO。彼からの呼び名はガラクタ。Dr.ベガパンクによって手掛けられた戦闘型特化の兵器作品であり、現在はDr.シーザーのボディガードである。
四年前の事故によって機能停止に陥った俺は、パンクハザードの片隅で瓦礫に埋まっていたところを再び島に舞い戻ったDr.シーザーによって助けられた。人間兵器に興味のない彼が俺を助けたのは、きっとただの気まぐれだろう。もしかしたらDr.ベガパンクに作られたものが自分に直せないはずはない、という一種の対抗心からだったのかもしれない。ともかく俺はDr.シーザーの手によって修復され、元の機能を取り戻した。その後は折角使えるようにしたのだから、という理由でそのまま彼のボディガードを務めている。
彼の俺への態度は、他の兵士たちに比べて決していいものだとはいえない。何故なら彼がDr.ベガパンクの同僚であった時代から彼を知っている俺には、猫を被る必要が無いからだ。そのうえ俺は彼の大嫌いなDr.ベガパンクによって手掛けられたものである。性根からして曲がっている彼の理不尽な癇癪をぶつけられることも少なくはなかった。
「このポンコツロボット!」
「命令に従うだけの鉄屑」
「スクラップ!」
等、数々の暴言を受けてきた。パンクハザードでの俺の仕事は専ら島にやってきた余所者の掃除であり、Dr.シーザーの機嫌が悪い時のサンドバックであり、彼が作品を作り上げた際に「流石、Dr.シーザーは世界一の科学者です」と彼を褒め称えることであった。そうすると頭が良い割に単純な彼は嬉しそうに顔を綻ばせて、こう言うのである。
「機械の割には分かってるじゃねぇか、ナマエ」
彼が俺の名を呼ぶ、唯一の瞬間である。俺は存外この時の彼の表情が嫌いではなく、人道を踏み外して外道の道を真っ直ぐに行く彼が嫌いではなかった。
彼のための箱庭であるこの島は彼を中心にして廻る。Dr.シーザーは決して俺を傍から離そうとはしなかった。同時に研究所の外へ行くことも禁止した。許可なく研究室から出ることを禁じられた俺の世界は、秘書のモネとDr.シーザー、そして一部の兵士たちで完結している。しかし、俺は特に不満は抱かなかった。俺は日々をDr.シーザーのガラクタとして過ごし、たまに彼を探りにやってくる敵を片付け、彼の作り出す俺にはさっぱり分からない研究を褒めて過ごした。悪に染まった、しかし穏やかな日常。
だがその日々は唐突に終焉を迎えた。G-5の海軍達、麦わらと死の外科医の最悪の世代を生きるルーキー達によって。
Dr.シーザーと研究室を守るために俺も戦ったが、どんなエネルギー光線も大口径ミサイルも悪魔の実には敵わなかった。「ROOM」の一言と同時に必要機関を破壊された俺は普段Dr.シーザーに呼ばれている通り、本当にただのガラクタになってしまった。それでも運良く避難をする子供たちの目に留まり、この島を破壊した張本人である麦わらに「スゲー!ロボだロボ!!」と拾われた悪運だけはあるようで、そのまま乗せられた麦わらの船でDr.シーザーと再会した。殺されてはいなかったようでホッとしたが現状は決して芳しくはない。Dr.シーザーに「俺を助けろ!」と命令されたところで、俺には彼にかけられた鎖を解くための腕もないのである。
「なー、ロボ!お前ビ、ビームは出るのか?」
「出ます」
「じゃ、じゃあミサイルは…?」
「可能です」
「ナミ俺ロボ欲しいぞ!!」
「アホかァ!フランキーで我慢しなさい!」
麦わら達は随分と楽しそうに俺を見ている。死の外科医は複雑な表情だ。欲しい!ダメ!の応酬が繰り広げられる中、激昂したDr.シーザーが大声を上げた。
「バカ言ってんじゃねェ!こいつは俺んだ!」
「…確か作ったのはベガパンクだと聞いたぞ」
「…!う、うるせぇ!メインユーザーの書き換えはしてねェが四年もベガパンクの元に行こうとしてない時点でマスターは俺なんだよ!」
「じゃあルフィが貰っても問題ないんじゃないか?」
外科医や長鼻の言葉にDr.シーザーがうっ、と唸って怯む。すると縛られた状態のまま俺を振り向いて大声を上げた。
「ナマエ、今すぐ自爆しろォ!俺から離れた場所でだ!」
Dr.シーザーがそう叫んで俺を睨みつける。「おい!何言ってんだお前!」と麦わら一味が喚く中Dr.シーザーは「他の奴の手に渡るよりマシだ!」とこちらを見て叫んだ。おかしな話である。俺は元々彼のものではないというのに。「早くしろォ!」と叫ぶDr.シーザーは必死だ。俺は真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「嫌です」
俺の言葉に彼はポカン…、と口を開けて呆然とこちらを見上げる。初めて彼の要求を拒否したのだ。あり得ない、とでも思っているのだろう。
「バ、バカな!逆らえるはずがねぇ!命令だぞ、早くしろポンコツ!」
騒然として喚き出す彼を見つめて俺は続けた。
「Dr.シーザーは勘違いをしておられます」
彼は俺が主たる他者の命令ならば何でも聞くと思っているのだ。確かに、ロボットならそうなのだろう。ロボットならば。
「俺はロボットではありません。Dr.ベガパンク作のType-CO…サイボーグです。脳は、生きています」
そのときのDr.シーザーの表情は何ともいえない。驚愕に満ち満ちていた。俺はその表情を見て胸がいっぱいになる。質問されなかったので答えなかったし、面倒だったので特に訂正もしなかった。俺には常に拒否権があったのだ。なんなら最初に機能を回復して貰った際に島を抜け出して自由に生きても良かった。ここに留まる必要はなかったのだ。Dr.シーザーは俺が主たるDr.ベガパンクの元へ帰ろうとすることを忌諱して俺を研究所に閉じ込めたり、自爆装置をつけたりしていたようだが、そんなものなど必要なかった。何故なら、俺は始めから自分の意思で彼の傍にいたのだから。
「お慕いしております、Dr.シーザー。貴方がどのような下衆野郎であっても。今すぐ貴方をお救いできれば良いのですが…」
左足しかない状態ではそれも叶わない。なんとか出来ないものかと考えていると瞳にたっぷりの涙を溜めたDr.シーザーが俺を睨んで怒鳴った。
「もっと早く言え!このバカナマエ!!」
突然名前を呼ばれて驚きに目を見開く。困惑して「俺は貴方のガラクタ卒業なのでしょうか?」と問いかけると「バカ野郎!」ともう一度罵られた。なんだかよく分からないが、機嫌を損ねてはいないようだ。彼の涙を拭う両腕がないことが、今はひたすら残念だった。
サイバネティクスハート