!憲兵団主
!犬猿
!コレの続き
「やあ、エレンくんじゃないか」
廊下をひたすら磨き上げることに専念していた俺は誰かの爽やかな声に呼ばれて顔を上げた。そこには先日リヴァイ兵長と口論を繰り広げていたナマエさんが凛とした居住まいで佇んでいた。慌てて敬礼をしながら立ち上がる。ナマエさんは敬礼されることには慣れているようで、スッと右手をかざして礼を解かせると「畏まらなくて構わない」と言って微かに笑った。その姿は兵士というよりは騎士然としていて、やはりどこか気品のようなものが伺える。本来憲兵団というのは彼のような人のことをいうのだろうな、とぼんやり考えているとナマエさんは俺の右手にある雑巾に視線を落としてくしゃりとその端正な顔を顰めた。
「…リヴァイだな」
流石、同期は察しが早い。ナマエさんの言う通り、今の俺の任務は廊下を塵ひとつない状態まで磨き上げることだった。これが一筋縄ではいかず、現在二度目のやり直し中である。ナマエさんは俺の磨いた床を見下ろすと眉間に皺を寄せながら呟いた。
「…十分綺麗ではないか?」
「ハハ…俺もそう思うんですけど…。二回目のやり直しです」
俺がそう溢すとナマエさんは何か少し考えこんだあとで真っ直ぐにこちら見つめると真摯な眼差しで俺に言った。
「エレンくん、君は憲兵団に来る気はないかい?」
「…え?」
「君は元々成績上位者十位内に入るくらい優秀だというじゃないか。憲兵団に入る資格は十分にある。査問会であれだけ言われた憲兵団には思う所もあるかもしれないが、今のこの環境よりはよっぽど良いと思える。もし君が首を縦に振るのなら、今すぐにでも師団長を説得してこよう」
一気にまくし立てられて理解が追い付かない。ナマエさんは至って本気のようで、自分の思い付きに満足そうに息をつくと「どうかな?」と念を押すように問い掛けた。完全に厚意しかないそれに少し答えあぐねる。しかし、俺の夢は調査兵団に入り、巨人を駆逐して外の世界を見ることである。憲兵団へ入ることは最初から考えていない。
はっきりと断ろう。
そう決意し口を開いたところで後ろからひやりとした冷気が立ち昇る。続いて地を這うような不機嫌そうな声にぶわりと嫌な汗が滲んだ。
「テメェ…何してやがるんだナマエ…」
「……リヴァイ」
突然現れた兵長に廊下の空気が重く変わる。兵長はつかつかと歩み寄って俺を背後へ引きずり込みナマエさんと対峙すると、鋭い目つきで彼を睨み付けた。
「テメェ何のつもりだ。こんな化け物憲兵団で手に負えるわけねぇだろ」
「エレンくんは化け物ではない、兵士だ!お前の彼の扱いは不当に過ぎる!」
「ぁあ?奴は巨人だぞ。大体てめえらじゃ手に余るからこっちにお鉢が回ってきてんだ。お前にあいつが殺せんのか」
「それは俺の殺傷能力がお前に劣るということか?!」
ナマエさんが柳眉を吊り上げて咆える。物凄く怒っている様子の彼に対して、兵長は至って涼しげだ。最早話題は俺云々ではなくお二人の立体機動技術の話へ移行している。
前回初めて会った時も思ったことだが、ナマエさんは普段は清廉としていて凛々しい人だけど、兵長が絡んだ途端まるで俺に対するジャンのように喧嘩腰になるのは何故だろうか。俺のことも何かと気に掛けてくれるくらい優しい人なのに、どうしてこんなにも兵長を快く思っていないのか甚だ不思議だった。さらに言えば気難しい兵長もそんなナマエさんと普通に接しているのだから、余計に良く分からない。そのお互いに全く気を使っていない関係はどう見ても親友同士のようにしか見えない。現に今だって、兵長の機嫌は悪くないのだから俺は疑問符を浮かべるしかない。ハンジさんは「リヴァイはナマエが大好きだから!」なんて言っていたが、それはそれで考えものである。
ぼんやりとそんなことを考えていると口論をしていたナマエさんが怒りに任せて兵長の胸倉を掴み上げた。流石に俺も顔から血の気が引く。しかし、兵長はナマエさんを睨んではいるものの、対して咎めるでもなくされれがままになっている。
「いいだろう!そこまで言うのだったら実際に立体機動で決着をつけようじゃないか!」
ナマエさんはそう怒鳴ると胸倉を掴んでいた手で兵長の右手を掴んで足速に演習場の方へ歩き出した。最早、その目には兵長との喧嘩のことしか見えていないようだ。遠ざかって行く背中をぽかんとしながら見送っていると不意にこちらを振り返った兵長と目が合う。暗い色をした瞳にじとりと睨まれて背筋が凍った。なす術のない俺はそのまま蛇に睨まれた蛙のように廊下に縫い付けられる。兵長はスッと視線を外すとそのままナマエさんと廊下の先に消えて行った。
怖え…。何だ今の…。
何……。
………………牽制?
インウィディアの眼光