!10巻ネタバレあり
!山奥組主
!薄暗い
!ライナーでません
僕には同郷の幼馴染が三人いる。同じ訓練兵のライナーとアニ、そしてナマエだ。同じ故郷への帰還を目指す、大切な仲間。しかし今、僕はその大切な仲間の行動に頭を痛めていた。
その問題児が、ナマエである。ナマエは端から見たら普通の好青年だ。少しお調子者の嫌いはあるが、空気を読むことに長けていて彼の周りではいつでも笑顔が耐えない。ライナーとは違った意味で、人に慕われる奴だ。あるたったひとつの欠点を除けば。
「クリスタ!」
今日も食堂にナマエのクリスタを呼ぶ声が響く。周りの者はみんな「ああ、またか」といった顔をして彼らの方を見つめた。そこには比較的長身なナマエがユミルに煙たがられながら身を屈めてクリスタに話しかける姿があった。
「クリスタ、今日水汲み当番だろ?代わってやるからほっぺにちゅーしてくんない?」
ダメ?とニッコリ微笑むナマエにユミルの右ストレートが直撃する。ふらりとよろめいたナマエをクリスタが支えるが、それを遮ってユミルのイラついた怒声が響いた。
「いちいちウッゼーんだよテメェは!クリスタも嫌ならしっかり嫌って言え!こいつにいい子ちゃんしても何の特にもなんねぇぞ!」
この光景は104期生の間ではもはや日常風景である。ナマエは面倒臭いくらいクリスタにゾッコンだった。ナマエがクリスタに突っ込んで行ってユミルに張り倒され、クリスタがユミルを叱る。これはお決まりのパターンと化していた。ユミルの苛つきは相当なもので最近ではいつ殺してもおかしくないような勢いである。しかしナマエはナマエで、もうやめればいいのに猪突猛進にクリスタにアタックしに行くのだからどちらも手に負えない。
今日だって怒ったユミルがクリスタの手を引いて宿舎に帰って行くのだ。そして取り残されたナマエを慰めるのが僕で、咎めるのがライナーの役目。しかし今は丁度ライナーがいないのでナマエを回収するのは僕しかいない。深く息をついて三人の様子を見守っていると案の定ユミルがクリスタの手を引いて食堂から出て行った。去り際にこちらをすごい目で睨んで行くのも忘れずに。僕に言われたって、何度止めてもナマエが聞かないのだから仕方ない。
本当に困ったものだと独りごちて「今日もダメだったか…」と呟くナマエに近寄ろうとすると、先程ユミルに連れられて出て行ったクリスタが食堂に戻ってきた。驚いて見つめているとナマエの目の前に跪いたクリスタが濡れたハンカチを彼の頬に押し当てた。
「もう…ユミルったら。ごめんねナマエ、大丈夫?」
「大丈夫、見た目ほど酷くないよ。ちゃんと加減してくれてるから」
そう笑ったナマエにクリスタも微かに微笑む。ハンカチを渡して「じゃあ」と立ち去ろうとしたクリスタを呼び止めてナマエがニッコリと笑った。
「ありがとう、クリスタ!」
クリスタは僅かにはにかんで食堂を後にする。今までにない展開に呆気に取られているとハンカチを握りしめたナマエが機嫌良さそうにこちらに歩いて来た。
「見たか?やったぜ!」
小声で嬉しそうにそう囁いたナマエに、僕は危機感を覚える。
だって、そうだ。僕たちは人類の敵として存在している。だから彼女に恋なんか、してはいけないのだ。僕たちは、故郷に帰るのだから。
「ナマエは…」
掠れ交じりの声が喉から擦り落ちる。
「何のために、クリスタを?」
重く暗い沈黙が僕らの間に落ちた。僕らにしか分からない緊張感の中でナマエを見つめると、彼は周りに僕らの雰囲気を悟らせない、何でもないような表情でこちらを見返した。
「ライナーのため」
予想外の答えに面食らう。僕がぽかんとしているとナマエは僕らの仲間内と、クリスタにしか見せないような柔らかい顔で微笑む。
「ライナーが彼女に惹かれていることを知ってる。駄目だぜ。そんなの。絶対だ」
語るナマエの瞳はギラギラと強い光を放っている。それは此処では、見せたことのない色だった。
「彼女が俺に惚れれば、ライナーは彼女を諦めるだろう?俺たち以外に心傾ける存在があってはならない。ライナーの本当の仲間は、俺たちだけだ」
ナマエが暗い瞳でうっそりと笑う。
ナマエそれ、僕的には嬉しいけど。なんか。ちょっと…。もしかして。
「ライナーは、俺たちのものだ」
そう囁いたナマエの瞳は、形容し難いほどに暗く淀んでいて。そこに揺らめく感情には口を噤んだまま、彼に強く頷いた。
情愛の根
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無自覚でライナーに仄暗い恋をしてクリスタを利用する男主と男主の歪んだ恋心に気付いているけどあえて突っ込まずに皆で故郷に帰るために男主を利用するベルトルトのお話。分かりにくくてすいません…。ライナーとクリスタが可哀相。