短編
!憲兵団主
!犬猿





憲兵団の偉い方には調査兵団を快く思っていない連中が、少なからず存在する。彼はそんな馬鹿とは違うけど、気に入らないっていうのは確かなんだろうね。調査兵団をっていうか、リヴァイをね。だって彼、プライドの塊みたいな男だし。彼は否定するかもしれないけどちょっと似てるよね、君たち。あれは確かに憲兵団っていうよりもこっち寄りだと思うんだけどなぁ!だって変人じゃん?彼。

これはハンジの談である。なんとも高評価なのか貶しているのか判別のつけ辛い評価だがハンジに限っては、おそらくその両方なのだろう。かの男に対しての俺の評価は全く持って"面倒くさい"。この一言に尽きた。いつまでたってもぎゃんぎゃん突っかかってきやがる様は本当に、いっぺん巨人の口ん中に押し込めてやりたくなる。


ナマエ・ミョウジ。前述の人物である大層な名前をしたこいつは内地にある名家中の名家出身の生粋のお坊ちゃんである。それが親の反対を押し切って訓練兵になり、どういう因果か俺の同期となった。成績は座学、立体機動共に非凡で優秀。常に高成績で周囲の人間からの信頼も厚かった。訓練兵時代から、調査兵団に入って人類の現状を打開したいと何度も語っていた。しかし、持ち前のエリート意識から、同じく高成績を残していた俺を酷く煩わしく思っていたらしい。その確執は訓練兵卒業時に首席の座を俺に奪われたことで決定的なものになった。長年目標にしていた調査兵団を、嫌いな俺がいるから、という理由で蹴った逸話は俺たち同期の間ではもはや伝説である。そのときのハンジ爆笑具合も、これまた記憶に色濃い。語るに煩わしい限りなのだが、こいつが月に一度は兵団に足を運ぶのだから、たまったものではない。


「エルヴィン団長、少しお話があるのですが」


そう言って団長室に軽いノックと共に入ってきた男を見て、俺は眉間の皺を濃くした。優雅な所作で入ってきたナマエも俺の顔を見るとその育ちの良い顔を明らかに歪ませた。


「リヴァイ…!」


あぁ、面倒くせぇ。

丁度巨人化実験の話をしていたため部屋に居合わせたエレンが突然すごい剣幕で現れたナマエにビクリと身を震わせる。その隣でハンジが愉快そうに笑みを浮かべた。


「お前まだ死んでなかったんだな。さっさとくたばれば俺が調査兵団に移籍するのに」

「…誰にもの言ってんだ?テメェじゃあるめぇし、んな簡単にくたばるかよ」

「俺は立体機動でもお前に劣っているつもりはない!大体お前は訓練兵時代にだって…!」


ぎゃんぎゃんと騒ぐナマエを睥睨していると俺たちの様子を見ていたエルヴィンがまあ、と朗らかに笑ってナマエを止めた。ナマエはハッとして奴を見上げる。


「落ち着いて、ナマエくん。何か報告があったのだろう?」

「すいません!失礼しました…。そうだ、丁度良かったです。師団長に巨人化実験の許可を取ってきました。これがその書類です」

「ああ、丁度いいな。ありがとう。ナイルはごねただろう?」

「…過剰なほどに慎重な方です。随分と渋ってはいました…が、私は今回の実験は人類には必要不可欠なものだと考えています。巨人が進行して来た今、人類には対抗手段が必要です」

「それを邪魔してんのがてめぇらの飼い主だけどな」

口を挟んだ俺をナマエが鋭い視線で睨みつける。よさないか、というエルヴィンの声を聞き流しながらナマエを見つめると奴は俺を見つめたまま厳しい表情で口を開いた。


「憲兵団及び王政上層部が百年の安寧で腐敗しきっているのは事実だ。しかし今は百年前とは事情が違う。組織は急速な変革を求められている」


そしてそれを実現させるために、俺はあそこに居るんだ。

ナマエは真っ直ぐに俺を見つめて強い口調でそう言うとエレンに視線を移した。颯爽と近づいていくと品のいい動作で右手を差し出す。


「君がエレンくんだね。俺は君のことを応援している。リヴァイに不快なことをされたりしたら言うといい。すぐに独房にぶち込んでやる」


ナマエはそれだけ言うと一度俺を強く睨んで退室して行った。固く握手を交わした右手をぶらつかせてはあ、とエレンが息をこぼす。


「なんだかすごい人でしたね」


そう呟いたエレンにハンジが笑って「犬猿って奴だよ」と楽しそうにもらした。


「そうなんですか?俺は兵長の機嫌が良さそうなんで…てっきり親友か何かかと」


何にも考えていなさそうな間抜け面でそう呟いたエレンに室内がピシリと固まる。続いてハンジの馬鹿でかい爆笑が室内に弾けた。


「アッハハハハ!そう!そうだよエレン!嫌ってるのはナマエだけでリヴァイはナマエのことが大好きなんだ!いつもナマエが来るのを見計らって用もないのにエルヴィンの部屋にたむろして…ッおガ!!」


くだらねぇ口上を垂れやがったクソ眼鏡の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。未だくぐもった声で笑い続ける馬鹿の背中を踏み付けてエレンを振り返った。


「…エレンよ。随分なことを言うようになったじゃねぇか」


俺が睨みつけるとエレンが顔面を蒼白にして微かに後ずさる。引き攣ったその顔は若い頃、首席の座を俺に奪われた時のあいつに似ていて喉の奥で微かに笑みを漏らした。





クピディタースの愉悦


♪Presents for アイエツ.
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