短編
ナマエに、友達やめよ言われた。

最初に言われた時は何言われたんかすら分からへんかった。
…分かりたくなんかあらへんかった。

でも頭は瞬時に理解する。
唐突に言われたにしては、あんまりにも速すぎるくらいや。
だって、それは俺がずっと恐れとった言葉やから。
この想いを自覚してから心の片隅で恐れ続けとった、ただひとつの言葉。
でも、それは予期した形では訪れへんかった。
それよりもっと早く、絶望的なまでのタイミングでやって来よった。

俺が怯えとるうちに。
親友っちゅう立場にすがりついとるうちに。
…まだ好きって、言えへんうちに。


俺とナマエは小学生からの付き合いや。
その頃のナマエは今よりずっと明るくてアホで、クラスの奴らと悪いこと考えては悪戯ばっかしとる悪餓鬼やった。
そん中にはもちろん俺もいた。
比較的家も近こうて気が合った俺たちはほんまにいっつも一緒に居ったんや。
こん時の俺たちは一点の曇りもなく、確かに親友同士やった。

それがいつからやろか。
こんなにも擦れ違うようになってしもたのは。

きっかけは中一の頃や。
ナマエに好きな女の子が出来てん。
弓塚さんっちゅう、目立たへんけど綺麗な顔立ちした子やった。
…胸がズキズキした。
照れくさそうに弓塚さんのこと語るナマエを見て、ごっつ嫌な気持ちになった。

最初は親友が取られたような気がして不機嫌になっとるだけやと思っとったけど。
そうやなかったんや。
不快感はいつまでも消えへんかった。
次第に弓塚さんのことが嫌いになっていった。
ナマエは別に告白しようとかしたわけやなかったけど、それでもそのしこりはいつまでも俺の中に燻り続けた。


ある日、夢を見た。
俺とナマエが…そういうこと、しとる夢。
朝起きたら………、まあ、そういうこっちゃ。

そこで初めて俺は自覚した。
自分がナマエのことを恋愛感情で好いとるんやと。

そのあとはもう散々悩んだわ。
男同士やとか。
親友なのにとか。
ナマエには好きな奴が、とか。

嫌んなるほどナマエのことで悩んで。
でも、それで心配してくれるんもナマエで。
もっともっとナマエのことが好きになって…。


どうしようもないくらいナマエのことが好きや。
だから同時に堪らなく怖くなった。
もし、この気持ちがナマエにバレたら、嫌われてしまうんとちゃう?


これが、俺が完璧に拘りだした理由や。
元からそんな嫌いはあったんやけど、この時から俺は輪を掛けて完璧主義になった。
完璧なテニススタイル。
完璧な模範生。
完璧な…親友。

そうすればナマエに嫌われへんですむ。
同時にそれはボロを出さへんための鎧でもあった。
ナマエに嫌われへんための、親友であり続けるための…鎧。

でも。


「…ナマエが居らんなら、なんの意味もあらへん…」


ナマエ。なぁ。
自分に絶交されたとき、俺がどないな気持ちやったと思う?
比喩でなく、ほんま、死んでまいそうやったんやで?
こないに…突然。
…堪忍して欲しいわぁ。


「ほんま…ッ堪忍…」


ナマエに嫌われたくない。
そんな風に悲鳴をあげる心と裏腹に、体は勝手に唇を持ち上げる。

気が付いたとき、ほとんど無意識に俺は笑っていた。

それは引きつっていて、完璧には程遠い笑みだっただろう。
それでも飼い慣らされた体は勝手に言葉を紡いだ。


「(……え、えよ)」


こんなもの、ほとんど反射だ。
ぎゃあぎゃあと女の子みたいに騒いだら嫌われる。
物分かりのいい完璧な親友、に傾倒した結果だった。


「…何がええねん」


なんも、ええことなんかないっちゅうねん。

その証拠に俺はこうして胸中で燻っている。
家に一人でいるとどうしてもナマエのことを考えてしまうから学校には来ているけれど、どこに居たって結局そこからは逃れられないのだ。

ナマエ。ナマエ。


「(好きや)」


完璧なんかには程遠い。


きっと俺は真実、君の親友などでは有り得なかった。





(だってこないに、ナマエのこと好きやねん)

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