白石蔵ノ介という人物は押しても引いても揺るがない。
まさに誰もが思い描くような理想そのままの良い奴で、良い男だった。
まず容姿。
これは努力云々でそう変えられるものではないが、これがまた憎らしいほどに整っている。
目元はすっきりとしていて凛々しく、大きな目を縁取る睫毛は羽根のように長い。
肌はまるで女子のように白く、珍しいミルクティー色の髪はさらさらで彼の柔らかな色彩を一層引き立てていた。
身長は高めかつスポーツをしているだけあって筋肉もついている。
バランスのとれた体つきだ。
その上声もいい。
容姿にはまさに一点の瑕疵もない。
さらに性格はどうかといえばこれがまた輪をかけて良い。
ちゃらんぽらんなテニス部を纏めているだけあって頼りがいも責任感もあるし何より万人に対して優しい。包容力ってもんがある。
更にそれだけには飽きたらず成績までいい。
頭も悪くない。
勉強も理系から文系まで完璧だ。
だからといって冗談が通じないとか、そういうこともない。
まあこれは四天宝寺にいる者であれば必須なのだが。
お笑いもイケる。
まさにバイブル。
完璧だ。
冗談みたいだが良いところを挙げれば本当にきりがない。
それが白石蔵ノ介という人物なのである。
そして俺。
フツメン、成績平凡、特徴特になし。
漫画であれば確実にモブでしかない。
だがここにいるこの俺こそが彼の白石蔵ノ介の親友だったりするわけなのだから、現実とは奇なりだ。
「馬鹿みてぇ」
ほんと、馬鹿みたいな話である。
俺は誰もいない夕暮れの教室でひとり呟いた。
何で俺?
そう、俺は随分と前から悩んでいた。
白石とは小学校からの仲である。
あの頃は人と人との間に生まれる格差なんて考えたことがなかった。
あいつといて俺は楽しい。あいつも楽しそう。
はい、それで終わり。
他の要因は何も関係してこない。
けれど中学三年生ともなった今では、違うのだ。
人には格差がある。
自然と振り分けられる、ランク…とでもいえばいいだろうか。
あいつはなんというか…キラキラしている。
もう存在自体がアイドルみたいなもんだ。
取り分けテニス部には、そういったキラキラした奴が多い。
忍足や千歳、二年の財前?だとかがそうだ。
放課後になればテニス部には見学の女子だって集まるのだ。
そういうのって、普通じゃないだろ?
そういう時、俺みたいなのとは違うんだと強く感じさせられる。
遠く感じる。
あいつはTHE人気者だけど、俺は違うし。
凡人だし。
その他Aだし。
これは羨望なのだろうか。
…違う。
俺はあいつが羨ましい訳じゃない。
拗ねているだけだ。
そうだ。
色々すっ飛ばして結論。
俺は疲れた。
あいつと俺はあまりにも違う。
ずっとずうっと考えて悩んでいたことだったが、今踏ん切りがついた。
というか張りつめていた糸がぷつんと切れた。
これ以上考えると自分の嫌なところがたくさん浮き出てきそうで嫌だ。
俺は無理矢理思考を停止させた。
そして心の中で呟く。
なあ、白石。
お前さ。なんで。
「ナマエー?こないな所におったんかいな」
なんで、俺と親友なんかになったんだよ。
「…白石」
俺はゆっくりと顔を上げる。
部活が終わってそのまま来たのだろう。
白石はジャージ姿のまま俺の隣の席にどさりと鞄を置いた。
「下駄箱にまだ靴あったから探したわ。なんや学校に用でもあるん?」
俺より若干下の位置から白石が俺を見上げる。
身長は俺の方が少し高いのだ。
それがちょっとだけ、俺にとっては誇りだった。
そんなことを思い出してクスリと笑う。
白石は俺が笑ったのを見て何やねん何かええことあったん?と楽しそうに肘でつついてきた。
俺は白石に向かって僅かに笑みを向ける。
いつも通りの白石が、そこにはいた。
完璧すぎる俺の親友。
「なあ、白石」
俺さ、ずっとずっと考えてたんだ。
「俺と、友達やめない?」
所謂、絶交ってやつ。
言った。
言っちまった。
白石の反応が見たくて俺は顔を上げた。
白石は一瞬だけ固まって。
「……え、えよ」
笑った。ふざけんな。
自分から言い出したくせに、理不尽極まりない話である。
でもどうしても堪えきれない怒りが沸き上がってきた。
それと同時に諦めと、ほんの少しの安堵。
ごちゃごちゃな頭のまま俺は無言で教室を後にした。
そうかよ。そんな簡単に。
俺達は本当は、友達ですらなかったのかもな。
親友だったって思ってたのはやっぱり俺だけだったのか。
お前も分かってたのか。
俺とお前は違うって。
それともあれか。
俺のことなんて歯牙にもかけないってか。
どうでもいいから、笑ったのか。
笑えるのか。
いつも通りに。
変わらずに。
それでも。
「俺は」
…今、確かに安心していた。
(足早に去っていった俺は知らない)(残された白石が、わんわん泣いていたことなんて)