短編(old)
!幸江さんの双子の弟主
!幸江さんが可哀想




俺の恋人である河辺幸江には双子の弟がいる。それが河辺ナマエだった。彼は一卵性ではないにも関わらず、幸江にとてもよく似ていた。彼女のように女性的ではないにしろ、その目鼻立ちや燐とした佇まいは彼女と同じものを彷彿とさせる。性格は…世話好きな幸江とは違い淡白で比較的さっぱりとしているが。
ふたりの姉弟仲はたいそう良く、幸江は最近都会からナマエが村に帰ってきたことをとても喜んでいた。ナマエもそれは同じなようで遅くに仕事が終わる姉を向かえによく医院に足を運んでいた。見るからに仲の良い双子だ。

俺は以前から彼らふたりと姉弟ぐるみに親しくしていた。俺と幸江が恋人同士になってからも、それは変わらずに。



赤い雨が降り注ぐ空を見つめて俺は大きく息を吐く。儀式が失敗し、村に異変が訪れてからどれだけの時間が経っただろう。腕に抱えた猟銃の残弾数はもうそう多くない。
この村は、もう終わりだ。

「希望……か」

最後にあの外国人が言った言葉を反芻して自嘲気味に笑う。この絶望しかない世界でそんなものが存在するのか。極限の状態で俺は自分自身を嘲笑うかのようにフッと笑みを溢した。どう足掻いたとしても、これが俺の運命だったのだろう。手にした銃を強く握り締める。
すると背後から近付く足音と共に微かに濁った懐かしい声が俺を呼んだ。

「せ、せんせぇ……」

俺はすかさず振り返り様に銃を構え、その頭を撃ち抜く。鋭く一発の銃声が響き、幸江は悲しそうに顔を歪めてその場に崩れ落ちた。俺は血で汚れた彼女を見つめて眉をしかめる。もはや悲しみも苦しみも、何も感じなかった。
ただただ疲れ果てて。このループから抜け出したくて。

「流石に……飽きた」

俺は猟銃を自分へと向けて薄く笑う。しかし銃口を口へ含もうとした瞬間、後ろからガサガサと草むらを掻き分ける音が響いた。俺は直ぐ様銃を構えて近付く何かを警戒する。

「おい!誰かいるのか!?」

濁りのない澄んだ声に思わず顔を上げる。どこか聞き慣れた声だった。まさか……。
茂みの間から男が顔を出す。そこから現れた人物に俺は大きく目を見開いた。

「ナマエ……?」
「もしかして、犀賀先生か!?俺!河辺ナマエです!」

茂みから出てきたナマエが嬉しそうに顔を綻ばせる。俺は構えていた銃を下ろして近づく彼を見つめた。

「よかった……先生!姉さんは無事なんですか!?姉さんは何処ですか?」

俺に駆けよって心配そうに眉を寄せるナマエに思わず言葉を詰まらせる。辺りはこの雨のせいて濃い霧が立ち込めていた。そのせいで、彼には俺の後にいる幸江が見えていないのか。

「いや……俺も、彼女を探していたところなんだ」

するりと口をついて出たのは偽りだ。彼に知らせるわけにはいかない。絶対に。俺は彼らの仲の良さを知っている。もし俺が幸江を撃ったと知ったら、ナマエは――。

「そうですか……。でも、先生が無事でよかった!銃声がしたから、もしかしたら生きてる人がいるかもしれないと思って走ってきたんだ!会えて安心した」

心配そうに眉を寄せた後でナマエが柔らかく微笑む。その笑顔に胸が締め付けられた。彼は知らない。俺の背後の霧の中に、誰が倒れているのかを。

「……、ああ……」

無意識に彼から幸江が見えないように彼の前に立ちはだかる。落ちた暗い影が幸江の死体を包んだ。
知られたくない。ナマエには。彼にだけは。

「そうと決まったら任せてください!俺が犀賀先生を守ります!!必ず姉さんを見つけて一緒に脱出しましょう!」

武器として使っていたらしい傘を構えてナマエが明るく笑う。その笑顔と言葉に心臓を射抜かれた。俺を見つめて綺麗に微笑むナマエを見て俺は唐突に悟る。嗚呼、そうか。そういうことだったのか。

「……そうだな。頼りに、しているぞ。ナマエ」

俺の言葉にナマエは嬉しそうに笑ってはい!と返事をした。俺はこちらを気遣うナマエの手を引いて医院とは反対の方向へと歩き出す。ナマエは突然手をとった俺に一瞬目を丸くしつつも何の疑いもなく俺のあとに続いた。
幸江を撃つことに何の感情も抱かなかった俺が、彼と手を繋ぐだけでこんなにも心が浮き立つ。馬鹿だな。俺は自嘲気味に笑った。

真実、心から彼女を愛していたのか?と問い掛けられると俺は頷くことが出来ない。本当は違ったのだ。ナマエが幸江に似ているのではない。幸江がナマエに似ていたのだ。つまりは、そういうこと。
守ります、なんて。年甲斐もなくそんな言葉が酷く嬉しくて。

「そうだ、ナマエ」

振り返って俺に着いて走る彼を見つめる。真っ直ぐにこちらを見つめる彼女と似ているけれど、確かに違う瞳がどうしようもなく愛おしくて。

「ここから脱出したら。一緒に村を逃げ出すか」

こんな戯れ言を言うくらいには、俺は彼が好きらしい。

--------------------------
幸江さんの双子の弟。恩田姉妹でいう理沙ちゃんポジです。都会に集団就職で行ってしまった河辺弟の面影を求めて幸江さんと付き合った犀賀先生。本人に自覚はありませんでしたがこうなって初めて自分の想いに気付いたお話です。この後姉ちゃんに会わせないように頑張る犀賀先生と姉ちゃんを見つけようと頑張る河辺弟のふたりは犀賀先生を探して弟と同調しようとする幸江さんから逃げ回ることになることでしょう。無印みたいに結局同調してしまってもいいですよね。犀賀先生は宮田のように躊躇なく首締めたりは出来なさそうですが。続きとかも書いてみたいです。長すぎる解説後書きお粗末でした!

- ナノ -