短編(old)
!薄暗い
!闇人主
!闇人が何故か羽生蛇村にいる




「みや……たァ?」

化け物だらけの村。赤い空。迫る血の海。それらの謎を解明するために奔走していた俺はここでは耳にするはずのない声に勢いよく振り返った。嘘だ。どうしてあいつの声が。

「ナマエ……?」
「あぁ……やっぱり、みやたじゃないかァ」

視線の先の男は俺を見つめるとにぃ、と瞳を細めて笑みを浮かべる。その容装は俺が知るはずの男とは明らかに異なっていた。

この男の名はナマエ。彼はこの村の出身で唯一俺と親しくしていた……所謂幼馴染みというやつだった。正義感が強くて明るくて……。
俺はそんなナマエが、好きだった。友情とは違う意味で。

ナマエは正しく俺の太陽だったんだ。だから、こいつが自衛隊になって村を出て行くといったときは、悲しいのもあったが酷くほっとした。この歪んだ村にナマエはいなくていい。もっと日の当たるところで生きるべきなんだ。そういった意味で、各地を巡り人命を救う自衛官という職業は最適だったであろう。

そうだ。ナマエは都会で自衛官として働いているはずだ。こんなところにいる筈がない。
俺は目の前の男を改めて顧みた。顔は……確かにナマエの顔だ。死人のように青白い血の気のない肌に黒い血のような汚れが目立つ。服装も黒い布や着物を迷彩服の上から何重にも頭巾のように被って肌を覆い隠している。およそ村一番の体力馬鹿だったナマエからは考えられない格好だった。あいつは暑がりだったから。

「ナマエ、お前……どうして」
「ぁあーおれにも、よく……わからん。確かおれは……夜見島に……うわ……ッ!」
「ナマエ?!」

握っていたライトが顔を照らした瞬間、ナマエが突然顔を腕で覆い隠してうずくまる。黒い靄のようなものが僅かにナマエの体から飛散する。原因はライトか!
俺は咄嗟にライトを放り投げて彼のもとに駆け寄った。背中に手を添えて顔を覗きこむ。ナマエの表情が苦しげに歪んだ。

「いってぇ……。そうだ……俺は確かヘリで、三佐たちと……。あれ……?永井は?」

俺の知らない名前が飛び交う。それに眉を寄せてナマエの顔に手を添えた。ひやりと冷たい肌は体温を感じさせない。ナマエはまだ少し苦しそうに顔を押さえていた。俺は静かに後ろ手にネイルハンマーを握る。
ナマエは人では、ない。

「あ……そうかァ……。俺……」

ナマエがしゃがみこむ俺の顔を見上げる。そして生前と同じように眉を下げて優しく微笑んだ。

「俺、死んだな?」

その言葉にびくりとハンマーを持つ手が震えた。
何故自覚している?それ以前に意志の疎通が。

笑った顔はあの頃のままで。俺を襲う素振りもない。どうして俺を見て悲しそうに微笑む?分からない。こいつは他の化け物と違うのか?殺すか?襲われてもいないのに?他の奴らとは違うかもしれない。相手は得体の知れない化け物だぞ?でも、ナマエだ。ナマエ!

「俺のこと、殺さないのか?」

真っ直ぐに俺を見つめてナマエが静かに問い掛ける。俺は震える瞳でナマエを見つめた。

「思いだしたんだ。俺はあの夜見島で……死んで、こうなった。あのしま……のひとを襲って……気がついたら、ここにいた」

僅かに瞳を伏せてナマエが呟く。見れば明らかなことだというのに、ナマエの口から死という言葉を聞くのは辛い。

「でも、さいごにおまえに会えたのは……ラッキーだったなァ」

ナマエが俺を見て柔らかく笑う。ネイルハンマーを持つ手が震えた。
俺だって、会いたかったよ。お前が村を出ていってしまったとき、どれだけ俺が悲しかったと思っているんだ?連れ出してほしかったんだ。お前に。一緒に生きて、逃げ出したくて。
ナマエがそっと俺の片手に触れる。肩を支えていた俺の手を自分の首持っていくと、悲しげに俺を見つめた。

「殺してくれ、司郎ぉ」

出来ればお前を守って死にたかったけどなァ。

冗談みたいに笑うお前が辛い。ああ、そんなの反則じゃないか。俺はネイルハンマーから手を離すと両腕でナマエの体を抱き締めた。

「なら、俺を守って死ねばいい」

赤い雨が俺から体温を奪う。ああ、それでもお前の体は、この雨よりも冷たいのか。

「ああ……」

ナマエが呟いて俺の背中に手を回す。村に蔓延る化け物たちとは違う。拙いけれど酷く優しい手つきだった。

「そうする……」

雨が降る。背中に回った腕にどうしようもなく安心した。
大丈夫。ナマエは他の奴らとは違う。記憶も知能も、感情もある。だから、大丈夫だ。

「まもるよ、司郎ぉ。なにが、あっても。司郎だけは……助けてみせる。もう殺さなくてもいいから、なァ」

その言葉に一気に体の力が抜けた。顔をあげてナマエを見上げると彼は優しく微笑んだ。

「司郎はがんばった。たったひとりで、ずっと……。今度は……俺が守る、から」

俺といっしょに逃げだそう、司郎。

ナマエの指先がそっと頬に触れる。
羽生蛇村から……逃げ出す?呪縛のように絡み付くこの村から?それは想い続けた願いだった。ナマエは誘うように微笑んで立ち上がる。そして俺の手を引くと行こう、と囁いた。俺は誘われるままにふらふらと立ち上がる。
ナマエが、守ってくれるならそれでいいのかもしれない。役割も、使命も忘れてこの地獄のような場所から抜け出すのだ。

「いこう、司郎。おれは安全なばしょを知っているから」

ナマエの冷たい手をとって歩き出す。
逃げるんだ、この村から。ナマエと一緒に。ナマエが俺の手を握ってうっそりと笑う。
口を開いて何かを呟いた瞬間、遠くサイレンの音が鳴り響いた。

「だいじょうぶ。司郎なら、きれいな殻になるさァ」

ナマエがにぃ、と嬉しそうに唇をつり上げる。呟かれた言葉はサイレンに飲まれて俺の耳には届かなかった。

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安全なばしょとは闇人しか存在しない世界のことです。主は公式設定通り屍人や人間よりも頭のいい闇人。永井たちと一緒にヘリで夜見島に墜落し、闇人に。そして最後の津波で何故か羽生蛇村に辿り着きました。羽生蛇から夜見島へ行ったSDKとは逆ですね。宿主の殻の記憶を使って効率よく新しい殻を手に入れようとしています。

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