短編(old)
!薄暗い
!羽屍人主
!両片想い



それがいつからだったのかは分からない。けれど気が付いたら、俺はこのキラキラ輝くうつくしい世界にいた。

「(ああ、きれいだ)」

地形はいつもの見慣れた羽生蛇村なのに、いつでも昼間のような明るさで霧のような薄もやのなかに何かがキラキラ煌めいている。気持ちがふわふわ浮わついて、何だかとても良い気分だ。
ふわりと中空を舞ってどこかの屋根の上に降り立てば足元を人影がふらふらと通りすぎていった。それも今はどうでも良い。

「(何だかとても幸せだ)」

ふわふわ。ふわふわ。気持ちが良い。
なんともいえない多幸感に包まれていた。でも、何か足りない。何だろう。それを考えて手の中にあるバールを強く握る。あれ?なんで俺バールなんか持ってんだ?

何か大切なことを忘れている気がする。何が?なんだ?俺は誰かを…そうだ、誰かを探していたんだ。見付けたいからこうしていたんだろう?あなたの傍に居たかったから。探さなくては。
勢いよく立ち上がると足下でぐしゃりと何かが潰れる音がした。それに反応して視線を向けるとそこには赤く染まった白衣と鈍く輝くネイルハンマーを握ったあなたがいて…ああ。

「宮田先生」

やっとあなたを見つけた。にっこりと微笑んで俺はバールを固く握る。しゃがんで飛び立つ用意をすれば背中の羽が期待するようにブブブと幾度もはためいた。

あなたのことが好きだった。ずっとずっとあなたのことだけが好きだったんだよ宮田先生。けれど俺とあなたはただの医者と患者の家族でしかなくて。入院するじいさんのお見舞いにいく他は道端で会っても二三言、言葉を交わすだけの間柄でしかなかったけど。俺はあなたが好きなんだよ。実際じいさんなんてどうでもよかったんだ。宮田先生に会いに病院に通っていた。死にさえしなけりゃそれを口実にいつでもあなたに会いに行けたから。
以前の俺は内心臆病者で、あなたに想いを告げることなんて到底出来そうにもなかったけど。でも今ならできる気がするんだ。あなたのことが好きだ。ねぇ宮田先生。その為には。

「まず、こっち来てよ」

握ったバールを掲げてキラキラ輝く空に飛び立つ。誰にも渡さない。あんたを殺してこっちの世界に引きずり込むのは俺だ!!

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全く厄介だ。こいつらは頭が鈍い分、数は多くて丈夫だ。俺はネイルハンマーを片手に襲い掛かる村人"だったもの"を退けながら彼を探した。

「…ナマエ」

一体どこにいるんだ。病院や彼の家。ナマエの居そうな所はあらかた探した。なのに何故見つからない!?屍人は生前の行動を反芻するはずじゃなかったのか!

ナマエは俺が勤める医院の見舞い客。いわゆる医者と患者の家族という関係だった。しかしいつからだろうか。
俺が彼に懸想するようになったのは。

そんなに親しい仲ではなかった。彼は勤勉で、よく祖父の見舞いに訪れていたから、それを口実に近付いた。なかなか進展しない仲に焦れていたんだ。こんなに好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らないのに!

ナマエのことが好きだ。ナマエを愛している。もちろんこの世の誰よりも!

正面から襲いかかってきたもう誰ともつかない屍人の頭を手にした凶器で叩き潰せば目の前の家の屋根からごとりと鈍い音が響く。屋根か……猟銃を持っていたら厄介だな……。そう思い振り返って、俺は戦慄した。ずっと探していた。そうだ、あなたは……。

「ナマエ……さん」

薄い羽が小刻みに羽ばたく。

「みあ"……た……せん、ぜ……」

顔に赤い血を滴らせ歪に微笑み俺の名を呼ぶ彼に胸がぎゅう、と熱くなる。俺の名を……呼んだ。
屍人になると意識が混濁する。大したことは考えられなくなってしまうのだ。それでもあなたは俺の名を呼んだ!紛れもない、俺だけの名を!
湧き出た感情は身に余るほどの狂喜と脳髄を焦がすかのような愛情だった。
ああ、ナマエさん。あなたが愛しい愛しい愛しい!!

俺は右手の凶器を握って溶けそうなくらい幸せに微笑んだ。

ああ、俺が今すぐあなたをそこから堕としてみせる!俺から飛び去ってしまうような羽などもいで、どこかの部屋に閉じ込めて。ああ、でもとりあえず。

「まずは一回死んでおきましょうか」

右手のネイルハンマーを振り上げる。ナマエさん、屍人になっても離さない。あなたの永遠を手に入れるのは俺だ!

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どうあがいても絶望(彼が宮田に勝てる可能性について)

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