!グリフィンドール主
ナマエはいつも独りだった。およそ友達など必要ありませんといった感じの態度を全開にしたオーラを纏っている彼に話しかける勇気を持ったやつなんて、このホグワーツにはいない。
いや当初、話しかけようとした者はいたが「君、誰?」という言葉にあえなく玉砕したらしい。(同じ寮生なのに!)
以上のことがあって学内における彼の立場はジェームズという厄介なナイトのついたリリー以上に"近寄りがたい"存在になっていた。もちろん俺が彼に話しかけないのはそんな陳腐な理由ではなくもっと重大かつ深刻な問題を抱えているからな訳だが。
「やあパッドフット。またナマエを見ているのかい?」
噂をすれば我が親愛なる悪友の登場だ。彼は両頬いっぱいにかぼちゃパイ(恐らくリーマスにもらったのだろう)を頬張りながら俺の右肩に寄りかかった。
「君も飽きないねぇ。気が付いたらあの噂に名高いナマエに熱い視線を送ってる。このまま見つめ続けたら彼、焦げちゃうんじゃない?」
かぼちゃパイのせいで少々くぐもった声で呟きながらジェームズも俺と同じように彼を見つめる。
何やら難しそうな分厚い本を涼しい顔で読んでいる彼はすみれの花のようだ。高貴な色を纏って凛と佇んでいる。
「全くいつも見ているだけなんて、こっちがやきもきしちゃうよ!さっさと僕みたいに正々堂々アタックしたらどうなんだい?」
そう、俺の抱えている重大かつ深刻な問題とは俺がナマエに恋をしているうえに話したことはおろか彼と目を合わせたこともないという悲劇的な現実のことだ。耳元でリリーがいかに魅力的で素晴らしいかについて語りだしたジェームズをどついて黙らせ再びナマエに視線を戻す。
こちらの様子に全く気付いていないナマエはまた一枚ページを捲った。その拍子にひらりと彼の本の間からしおりが落ちる。
「おい、やったなシリウス。これは神が君に与えたもうたチャンスだぜ。ナマエが気付く前にあのしおりを拾ってあげるんだ!」
いつの間にか復活したジェームズが俺の肩を叩く。俺はチャンスなわけないだろう、とジェームズを睨んだ。実は前にこれと似たようなことがあったのだ。その時はしおりではなく羊皮紙だったか羽ペンだったか。
ともかくナマエの落とし物を拾った女生徒がいた。彼女は以前から熱心に彼に話しかけようとしていたため今のジェームズと同じように落ちたナマエの私物を見てチャンスだと思ったのだろう。意気揚々とそれを拾い上げ彼に笑顔で差し出した。授業では何度も隣の席になっているし1、2度なら魔法薬学でペアを組んだこともある。友達として認識はされていなくとも名前くらいは知られている自信があったのだろう。(はたしてナマエと彼女が自己紹介をしたかどうかは別として)
しかし現実とはかくも残酷なものでにっこり笑う彼女にナマエが言ったのは「ありがとう…ええと……ごめん、何ていう名前?」だった。
その言葉に当然、仄かな何かを期待していた彼女は今にも泣きそうな顔をしてその場を立ち去り後に残ったのはその様子を見て固まっていたギャラリーと何が起こったのかいまいち理解できずにぽかんとするナマエだけだった。
「大丈夫さシリウス!確かに君は隣の席になったことはおろか目を合わせたことすらないけれどそれならそれで『誰?』と言われても当然だろう?彼は悪戯仕掛人が誰なのかも知らないみたいだしね!ならばもう失うものはない!さあ行くんだ勇気あるグリフィンドール生よ!!」
煩い、と再びどつこうとした俺より速く今度はジェームズに突き飛ばされた。しかもナマエの方に、だ。
突然の出来事に体勢を立て直すがすでに遅く目の前に変な格好で突っ立っている俺を彼の透き通った目が見上げる。こんなに近付いたのも目があったのも初めてで紅くなりそうな顔を必死で抑えてあーとかうーとか散々に吃りながらなんとか「しおりが…」とだけ絞り出してちらりと落ちているしおりを見つめた。
俺の視線の先に気付いたのか「ああ…」と呟いてナマエがしおりを拾う。少し離れた場所からジェームズのげらげらという馬鹿笑いが聞こえる。あいつ、首を絞めてやる!
手のひらに力を込めて飛び掛からんばかりの勢いで振り返ると後ろからいつもいつも耳を済まして聞いていたナマエの声が聞こえた。
「ありがとう、シリウス・ブラック」
(驚きすぎて振り返ることもできずに呆然とする俺に彼は何もなかったかのように読書を再開する)(なあ!これってどういうことだ!?)