短編(old)
!ハンジ←主←リヴァイ



彼女は強く、そして美しい女性だった。いや、過去形なんかではなくもちろん今でも彼女は変わらない。俺たちが訓練生だった頃から、彼女は常に彼女だった。人類の未来を担い己の身を捨て闘う兵士。ハンジ・ゾエ。それが、彼女の名前。

調査兵団所属生体調査班ナマエ・ミョウジ。それが今の俺に与えられた肩書きだ。
もともと俺は人類の存続にも自分の命にも対した執着はなく、まるで流されるように訓練生になった。当時の情勢としては百年間の安寧を保っていた壁への絶対的な信頼感があり、命を懸ける覚悟をもって訓練生になった者など調査兵団所属希望の人間以外誰もいなかっただろう。わざわざ平和な囲いを抜け出して命を捨てにいくなど馬鹿のすることだ。妥当なところで駐屯兵団、運が良ければ憲兵団。そんな極々普通の目標を立てて兵士になった俺が何故、今はこんな前線で馬鹿をやっているのかというと、理由はごく単純で「好きな人の傍に居たい」ただこれだけのためである。全く、思春期の少年のような単純さだ。しかし馬鹿な俺は彼女に恋して以来、己の身を顧みない彼女の代わりに傍で彼女を守れるように巨人殺しの技術を学んで来た。彼女より優秀だとはまだ言い難いが五年以上もの間調査兵団で生き残った運の良さはある。彼女を守ること。これが俺の、戦う理由なのである。

「馬鹿みてぇだな」

そう語った俺に、人類最強の異名を持つ友人はいつもの悪人面をより一層歪めて不機嫌そうに吐き捨てた。あまりの言い草に俺は口元に微かな笑みさえ浮かべる。

彼の言い分はよく分かる。実際俺も馬鹿な理由だと理解はしていた。訓練生になりたての頃だったら一笑のもとに切り捨てていた考えだっただろう。けれど人間とは何より単純なもので、あらゆる立派な大義名分よりもこのような不純な動機を掲げていた方が容易く命を掛けられるのである。人類に心臓を捧げた兵士が、とんだお笑い種だ。

「酷いな、リヴァイ」
「酷いのはテメェの頭ん中だ。わざわざこんなくだらねぇ話をダラダラとしやがって」

そう悪態をついたリヴァイはチッと大きく舌打ちをして荒々しく椅子から立ち上がった。テーブルに置かれたボトルがガタンと音を立てて卓上を転がる。それはふたりのささやかな酒宴の終わりを告げていた。
簡単に空けてしまったか。こんな話をしてしまうあたり、どうやら飲みすぎたようである。

リヴァイは向かいに座った俺に歩み寄ると乱暴に胸ぐらを掴んだ。凄みのある無表情は酒の影響を受けているのかどうか非常に分かり辛い。しかし彼が大層機嫌が良くないことは十分に見てとれた。

「俺にしとけ、ナマエ」

ああ、訂正。リヴァイは酔っている。
低い威圧感のある声が睦言というにはあまりにも鋭い色を纏って耳元で囁かれる。続いて近付いてきた唇に慌てて身を捩った。

「リヴァイ、唇は…」
「煩い」

柔らかい感触が唇に触れる。有無を言わさないそれに観念して目を閉じると首元を締める力が強くなった。何度目かの告白を飲み込んで俺は静かに息を止める。
渦中の人物は誰一人として心臓を持たない筈なのに、これほどまでに何かを渇望しているのだから笑ってしまう。恐らく、全ては永遠に叶うことなどないだろうが。

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