!同級生
!恋人
「俺たち、別れるナリ」
そう俺が呟いたとき、隣で紙パックのジュースを啜っていたミョウジは十分な間を置いたあとで漸く、へ?と一言だけ声を漏らした。
昼休みが終わる五分前の屋上にはもう誰もいない。きっちり五分前行動をするなんて律儀なものだ、と真面目な我が校の生徒に感心しているとやっと言われた言葉の意味を理解したらしいミョウジがな、何で!?と焦ったような声を出した。処理能力の遅さに内心呆れつつも、それを表には出さずに無表情でミョウジを見つめる。
「何故もなにも、飽きたからぜよ。男同士で本気で付き合うとでも思ったんか?」
俺の言葉にミョウジは酷く傷付いたように表情を歪めた。そこそこの付き合いじゃがそんな顔は初めて見たのう。俺は何の感慨もなくそんなことを思う。
前述の通り、目の前で情けなく表情を崩す男、ミョウジと俺は付き合っていた。元々来るもの拒まずだった俺は男は初めてにしろ、ミョウジのことは嫌いではなかったため、暇つぶしくらいにはなるだろうと今にも死にそうな顔で告白してきたこいつと付き合うことにした。所詮お遊び半分のそれ。
しかしクラスでも優しいと評判のミョウジくんは、優しいどころか恋人にはただのヘタレだった。
付き合って一ヶ月もたっていないが未だに手を繋ぐことすらしていない。ただ過ごす時間と話すことが増えて、ミョウジが俺の部活が終わるまで待って送ってくるようになっただけである。
同じ男として、心配になるほどに奥手というか…ヘタレじゃ。紳士な柳生でもきっともう少しはやるぜよ。
ふぅ、とため息をこぼすと項垂れていたミョウジの肩が僅かに震えた。
「……仁王は、俺のこと……好きじゃない、のか?」
「プリ」
「……もう、一緒にもいたくない……か?」
「ピヨ」
俺が遠くを見ながら答えるとミョウジは小さく呟いて俯いた。
「そっ……か」
重い沈黙が屋上に落ちる。ヘタレのミョウジのことだ。ごねることはないだろうとは踏んでいた。
「悪いのぅ」
そう言って立ち上がろうと身じろいだ俺を、不意にミョウジの手が遮った。珍しい。
予想外の動きに俺は物珍しさを感じて素直に動きを止める。生憎ながらミョウジの顔は俯いたままで伺うことができなかった。ミョウジがゆったりとした動きで俺の前に身を乗り出す。遮っていた右手が優しく俺の頬に触れた。最後にキスでもするんかいのぅ。
付き合っている時ですらなかった急接近に好奇心で様子を伺う。すると次の瞬間素早い動きでもたれかかっていた壁に押さえつけられた。刹那、首筋に激痛が走る。
「うッ……ッな!?」
あまりの痛みに目を見開く。首筋にはミョウジの頭が埋まっていた。
か、みつかれた?
「ッ……やめ……ッ!」
激しく抵抗するが存外にしっかりとした身体はびくともしない。がむしゃらに暴れると噛み付く力が強くなって俺は悲鳴を上げる。暫くして漸く口を離したミョウジの犬歯からは僅かに血が滲んでいた。息を荒げて首筋を押さえる俺に立ち上がったミョウジが視線を向ける。そして、"いつものように"優しく笑った。
「ずっと、こうしてみたかったんだ」
俺は茫然とミョウジを見つめる。不意に胸が高鳴った。心臓がどきどきと忙しなく動悸する。
「じゃあ」
それだけ言うとミョウジはあっさりと俺を残して屋上を後にした。俺はひとり混乱した頭を抱えてその場にとりのこされる。
何なんじゃ、あいつ。いきなり噛み付いてきよった。どこがヘタレで優しいんじゃ。騙されたんか?いや、でも最後の笑顔はいつもの――。
血に濡れた犬歯をつりあげてミョウジが柔らかく笑う。さっきの場面を思い出すと、背筋がぞくりと高揚した。
初めて見た。優しくなんか欠片もないような。そうぜよ。
「……ッミョウジ!」
(もう一度!)