!大学生パロ
!恋人主
そう、それは俺が大学に入学した年。中学で同じ部活に入って以来仲の良かった千歳と付き合い出した。中学の時からふらふらしてばっかりいたあいつは、やっぱり高校に入ってからもふらふらしていたようで、ついに二年前、俺の二年生進級と同時にナントカカントカとか云う俺が名前も知らないような国に旅に出てしまった。
高校の時もちょいちょい旅に出ると言っては行方不明になっていたらしいが、こんなにも長期間日本を離れたのは恐らく初めてではないだろうか。しかもひとつの場所に落ち着くことのない千歳は間をおいてはまた別の国へと飛び回っているらしく、時たま思い出したかのように俺の実家に遠い異国情緒に溢れた絵ハガキが届く。恋人同士だとはいっても、お互いの交流と云うのも憚られるような、一方的な生前確認はこの一年に二枚届くかどうかも怪しいような紙切れ一枚のみである。あいつは正常に電波が届くような国には居ないため、インターネットの類いも一切通用などしない。
そんな音信不通と言っても過言ではない恋人が、帰国したらしいと云う話を聞いたのがついこの間。小学校からの幼馴染みである謙也から聞いた話だ。ああそうなの?と返事を返せばお前のこと探し回っとるでさっさと会ったれボケ!と怒られた。それもそのはずだ。俺はつい半年ほど前に親しい友人たちのみに告げて引っ越しを行ったのである。駅にもそれなりに近くてそこそこ栄えた良い場所だ。
もちろん千歳は知らない。別に知らせる必要性も感じなかったから。だから講義が終わってマンションに帰ったとき、自室の戸を叩きならしているでか男を見つけて思わず目を見張った。
男は何度も戸を叩いては焦ったように俺の名を連呼している。正直恥ずかしいからやめて欲しい。
「……千歳?」
コンビニの袋片手に呆れた顔で目の前の男を見つめれば、目を真ん丸に見開いた千歳がナマエ!!と一際大きく俺の名を叫んだ。
「ほんとにナマエね!?ナマエ、何で俺に黙ってこげんこつ……!」
泣きそうに瞳を歪めた千歳を俺は感慨深い気持ちで見つめる。もともと色黒だった肌は異国の日を浴びてさらに褐色みがかっている。あの頃から良かった体躯もさらに鍛え上げられたようで身長そのものは変わらないはずなのに、何倍も大きくなったように見えた。でも髪と同じ、俺を見つめて潤む藍色の瞳だけは何も変わらない。情けなく表情を崩す恋人を前に俺はふは、と笑みを溢した。
「なっさけねぇ顔」
笑う俺が気にくわなかったのか千歳はきゅっと眉をつり上げてふざけんごつ!と怒鳴った。
険しい顔をする千歳の横をすり抜けて戸を開けようとする俺を奴の長い腕が遮る。
「え、何」
「……なんで、何も言わんで引っ越したと?散々探し回ったばい!」
怒っている。鋭い視線が俺を射抜いた。
しかし残念ながらこっちはそんな視線に怯むような可愛いげのある人間じゃないのである。
本気で取っ組み合ったって勝つことは難しいにせよ、負けない自信はあるぜ。
「……はー?いつ何処に引っ越したって俺の勝手だろ。大体、連絡するにしろ住所不定じゃなぁ」
じと目で千歳を見つめれば大きな体がうっ、と怯む。
悪いとは思っているのか?意外だ。
「けどメールか……せめてミユキにくらい連絡して欲しか!帰国してからメールしたけどアドレスだって……」
「あー、迷惑メール多かったからアド変したんだよ。送ってなかったか?」
あっけらかんとして言うと千歳が再び表情を崩した。何だか二年ぶりに会ったというのに千歳は悲しそうな顔ばかりしているように思う。そんな顔をさせているのは自分だと自覚はしているけれど。
「……ナマエは、俺のことはもうどうでもよかと……?」
怒りと不安とがない交ぜになったような、苦しそうな声だった。俺は即答する。
「好きだよ」
「ならなんで……!」
千歳。
「時間は止まらないんだよ」
静かな声で言い放った俺に千歳はぽかんとする。多分よく分かっていないのだろう。なんかムカつく。
俺は続けた。
「千歳はモテただろうから、今まで何人の女の子と付き合ったのか知らないけどさ。その子達って皆、お前のこと"待ってて"くれたの?」
だったら、すごいと思う。何となくこいつと合うのって献身的な子が多そうなイメージだから本当にそうだったのかもしれない。全く、羨ましい話だ。
「俺は、待たない。待つなんてしない。お前が外国飛び回って色々やってる間、俺も色々やるし、変わる」
真っ直ぐに千歳を見つめて言えば奴の顔色がさっと変わった。
浮気したとね?!と血相を変える千歳に若干呆れつつもいや、それはないけど、と答えればあからさまに疑いの目で見られた。さっき何聞いてたんだこいつ……というかお前だって怪しいもんだろ。
「お前が好きだ。……だから悲しいほどにそっちの方はないけど、他に好きな人が出来たら分からないかもな」
はっきりと言えば千歳の目に明らかな怒気が浮かんだ。俺はそれを真正面から見つめ返す。もはや喧嘩腰でさえある。
「俺にもう旅ば出るな言うんね?」
「……いや?好きにするといい。ようは選択と、確率の問題なんだよ。実際に二年離れても俺は浮気もせずにお前のことが好きだったわけだし」
ただ保証だけは出来ないってこと。お前のこといつまでも待ってる、なんて。嘘でも俺は言うことが出来ない。
俺がそう言うと千歳は泣きそうに表情を歪めた。
卑怯だって分かってるさ。こんなもん、脅しとそう変わらない。
「……俺だって、会えなくて寂しかったばい。ナマエだけじゃなかと」
「……マジで?」
俺だけだと思ってたよ。
そう言って微笑えば千歳は俺の頭を抱えるように抱き締めた。棒立ちする俺の頬に見た目よりも柔らかな藍色が擦り寄る。
「ナマエはずるかァ……」
弱った声に笑みが漏れる。ごめん、と小さく謝れば一層強く抱き締められて首が絞まった。千歳が深く俺の首筋に顔を埋める。
好いとぉよ。
千歳が小さく呟いた。
うん。
俺はできるだけ優しい声でそれに応える。
「……もう、ナマエの側離れんたい」
静かな、愛惜に濡れる声だ。
「……うん」
俺は柔らかく笑う。かわいい千歳。
俺も、千歳が好きだ。
そんな呪いを吐きながら漸く手に入れた愛しい男を抱き締めた。