!同級生
!片想い
俺はずっと、あのオレンジ頭に恋をしていた。
「ミョウジ!」
聞き慣れた声だ。少し高めで、甘くて柔らかい。
授業も終わり部活に行こうと鞄を担いだ瞬間、掛けられた声に振りかえる。するとそこにはオレンジ色の髪をふわふわとなびかせながらこちらに駆けてくる千石清純の姿があった。
「ミョウジ〜ちょっと聞いてよ!」
大袈裟に肩を落とした千石が無気力にしなだれかかってくる。唇を尖らせているのはふてくされているときの癖である。眉を下げて笑った俺ははいはい、と言って千石の肩を叩いた。軽い調子の俺を見つめて千石は不満そうにこちらを見上げる。
「何それ。俺がこんなに落ち込んでるのにミョウジはそんな態度なんだ?」
「あーあー悪かったって。でもお前今から部活じゃねぇの?」
「今日は伴爺が急な出張でなしになったんですぅ。っていうわけで俺の話聞いてよ!」
生憎とこっちは部活があるのである。
残念だったな、と言おうと口を開いた俺はしかし、こちらを上目遣いに見つめる深緑の瞳を見て口をつぐんだ。千石はよく分かってる。俺がその表情に弱いこと。それを計算した上でやってるのだから、全く手に負えない。
「……分かったよ」
あっさりと部活を手放した俺に千石が嬉しそうに笑う。俺ってラッキー、なんて呑気なものだ。
「で、何なんだよ」
人のいなくなった教室で窓側の適当な席に腰かける。窓の外では都大会出場を控えた野球部が一生懸命に練習していた。それを上から眺めながら問い掛けると聞いてよ〜、と眉を下げた千石は大袈裟に身を乗り出した。
「綾香ちゃんに振られちゃった」
「(またか)」
俺は心の中で小さくぼやく。
千石の惚れた腫れたの話はもう何回も耳にしていた。それも毎回本人から直接のご報告で。
大きくため息をついて遠くを見つめると不満そうな視線が容赦なく俺を突き刺す。
「今回は随分早かったんだな」
「今回は、なんて酷い!俺は毎回真剣なの!」
「あー分かったって。確か今の彼女はちょっと前にナンパした子だろ?何で別れることになったんだ」
面倒臭くなって無理矢理話を進めれば千石は少し唸って続きを語りだした。
「綾香ちゃん、ミョウジ狙いだったんだって。んで、俺と付き合ったはいいけど軽すぎるって…」
も〜ミョウジのバカ!と机に突っ伏す千石に俺は気まずくなるしかない。千石に誘われて無理矢理ナンパに付き合わされることも多いが、そんなこと言われてもどうしようもない。大体俺にはその綾香ちゃんの顔すら思い出せないのだ。
「……知るか。そもそもナンパに乗るような女に軽いもクソも言われる筋合いないだろ。何言ってんだそいつ」
頬杖をつきながら呆れ混じりに呟けば女の子に暴言吐いちゃ駄目!とたしなめられた。
千石、面倒臭い。
「俺が聞きたいのは俺ってそんなに軽く見える?ってことなの!ミョウジはどう思う?」
真っ直ぐにこちらをじっと見つめてくる千石は真剣そのもので、顔は良いのだから鼻の下さえ伸ばさなければ少しは誠実そうに見えるかもしれない。ナンパなんてしている時点でアウトだが。
俺は深緑を真っ直ぐに見つめて答えた。
「軽い」
「ひどっ」
ミョウジなんてもう友達じゃない!と騒ぐ千石を放置して窓の外に現実逃避する。下では水分補給をする野球部の横をテニス部がランニングしながら駆け抜けていった。
……は?テニス部?
「……おい、テニス部部活してるぞ」
「あ?バレちゃった?」
じと目で千石のことを見つめると奴はついてないなぁ、と言いながら手首についていたオレンジ色のリストバンドを外した。どうやら今日のラッキーアイテムのようである。
「だってどうしてもミョウジに慰めてほしかったんだもん」
「なら別に嘘つかなくてもいいだろ。意味が分からん」
「だってミョウジ、真面目な方がタイプでしょ?」
だから、なんなんだ。あの雑誌当たんないなー、と愚痴を溢す千石を、俺は呆然と見つめる。なんだか酷く腹がたってきた。真面目な方がタイプ?バカじゃないのか。俺の好きな奴は真面目なんかとは程遠い。俺は、お前が――。
「好きだ」
ガタン。
立ち上がった拍子に椅子が後ろに倒れる。両手をついて勢いよく立ち上がった俺に千石は目をぱちくりと瞬かせた。
「……へ?」
間抜けな第一声が二人きりの教室に木霊する。通り魔のような告白だった。でもこれは決して千石の恋のように軽くない。怖いぞ。ほんとの恋は。間抜けな千石清純め。
「ちょ、……え?あまッ、今何て?」
あの千石が噛んだ。珍しい。俺は答えない。無言で千石に顔を近づけた。千石が焦って後ずさる。動揺している。面白い。
「きよすみ」
今まで出したことがないような。吐き気がするほど甘い声で名前を呼んだ。ただそれだけ。顔を離すと素早く鞄を担いで教室を後にする。
終わった。俺はバカか。そんなつもりはなかったのに、千石のせいだ。もう明日のことなんて知るか。この際可愛い彼女でも作ってやる。
玄関口を出た俺は駆け足で学校を後にする。
最後にキスのひとつくらい、してやればよかった。あいつはどんな顔をしただろうか。
(誰もいない教室には顔を真っ赤に染めて惚ける少年がひとり)