落ちて空に星がこの手で

ナマエから返事が来て、オレはすぐさまリザードンに飛び乗った。目指すのはキルクスタウンのステーキハウスだ。まさに飛ぶような速さで店に降り立つと脇目も振らずに扉を開けた。
オレは嬉しかったんだ。正直返事が来るかどうかは怪しかったから。

店に入ってすぐに飛び込んできたのは、周りの人々の驚いた表情と、店のカウンターに座るいつもとは違う雰囲気のナマエの姿だった。普段着ている飛行服ではなく、今日はネズが着ているようなイメージの黒っぽい服装をしていた。普段の静かで丁寧な感じではなく、粗野な格好良さと気だるげな雰囲気をまとっていて、一瞬戸惑う。
しかし駆けつけた勢いのままにナマエ、と名前を呼んだ。彼の後ろの席にいた友人と思しき男性が激しくナマエの背中を叩く。

「ハア?!オマエダンデさんと知り合いだったのかよ!ええっ?!オイ!」
「嘘だろ嘘だろ信じらんねえ!説明しろナマエ!」

彼らもナマエと同じような雰囲気のファッションをしている。やいやいと騒ぎ立てるふたりの友人を見てナマエはうっとおしそうに眉を寄せた。

「オマエらちょっと黙ってろ!」

そう言って掴みかかってくる彼らを手で押さえるナマエの姿を見て、モヤモヤとした思いがオレの胸に湧き上がる。正直に言ってショックだった。
プライベートのナマエの雰囲気がオレの知っている姿とだいぶ違ったことも、仕事で関わる人間として接し方を明らかに一線引かれていたことも、彼らの方がナマエともっともっと親しそうであることも。ショックだ。かなしい。面白くない。

「ン……彼らは、友人か?親しげだな……」
「まあ、そんなもんですけど。もしかして、さっき連絡くれたのダンデさんですか?すいません、今プライベートで車両なくて…っていうかさっきの返信も操作ミスというかなんというか……迷惑かけちゃって」

友人達に対するのとは明らかに違う言葉遣いに、明確に壁があることを突きつけられた思いがしてズキンと胸が痛む。
「ふざけんなナマエ!オマエ何猫被ってんだよ!ダンデさんよければ一緒に飲まないですか?!」なんていうナマエの友人達の言葉が虚しくオレを揺さぶる。「オマエらほんと黙ってろ!」というぞんざいな扱いぶりが、彼らとナマエの親密さを表していた。そんな風に見せつけないでくれ。取り繕えなくなってしまう。
衝動に任せて周りの状況など考えないまま口を開いた。

「……彼らと親しいんだな」
「え?」

焦った様子だったナマエが目を丸くしてオレを見つめる。ようやく、こっちを見てくれた。

「オレは、ナマエと……彼らより仲良くなりたい。どうすればキミの一番になれる?あ、いや、強制したいわけじゃないんだ。……ただ、」

焦って言葉が二の足を踏む。ナマエの瞳が大きく見開かれた。場の様子が一変して困惑した空気に変わる。
誰かが何かを言う前に、ナマエが突然オレの手を取って出口の方へ走り出した。腕を引かれるままに扉を潜る瞬間「ナマエ!」と彼の友人が大声でナマエのことを呼んだ。足を止めるのか、とナマエの顔を見つめたが、彼はチラリと後ろを振り返るだけで何も言わずに店内に残された人々に向かって中指を立てた。彼を引き止める声を断ち切るように店の扉が閉まる。途端に凍えるような寒さが襲ったが、そんなことが気にならないくらい気が高ぶっていた。

思っていたのと違う雰囲気でも、オレの前では猫を被っていて本当はこっちが素なのだとしても、今はどうでもよかった。彼らを突き放してオレを連れ去っていくナマエが、たまらなく好きだ。キラキラと輝いて、この胸を熱くさせる。ポケモンバトルでもないのに。
握られた手は熱く、夢見るような心地でダンデはナマエと共にキルクスの町を駆けた。



町をひた走るナマエはドライバーとしての知識を総動員して人気ないところへ走った。
町の広間を抜けて9番道路の方へ走る。町の境界を出てしばらく走ったところでようやく足を止めた。まわりには自分たちだけしか居らず、しんしんと降る雪で辺りの音全てが死に絶えている。急に訪れた沈黙とは裏腹に、自分の心臓と呼吸の音だけがバクバクゼイゼイとうるさかった。当たり前だ。こっちには酒も入っているし、ステーキハウスからここまでは結構距離がある。
整わない呼吸のまま掴んでいた手を離しダンデを振り返る。この事態を引き起こした張本人はどこか上の空な様子でナマエのことを見つめていた。その様子に少し苛立ちが募る。

「ダンデさん、さっき、なんて言い、ました?」

途切れ途切れの呼吸のまま問いかけると、視線の先の元チャンピオンは何でもないことのようにあっさりと答えた。

「?キミの一番になりたい」

息を切らすことなく吐き出されたその言葉に、ひどく動揺させられる。
いきなり現れて、なんなんだ?!オレの一番って言うのもよくわからん。さっきはなんだか妙にステーキハウスに置き去りにしたバカ達のことを気にしていたみたいだったが、あの時の様子を思い出すにアイツらとは初対面なんだよな?

ショックを受けたような顔をした後の、敵を見るかのごとき眼差しを思い出す。あれは、まるで。
チャレンジャーとの試合に決着がついたあの瞬きの時間。ダンデさんが王者から引きずり降ろされた瞬間のような一瞬だった。でも、そんな。まさか。
自分の頭をよぎった自惚れじみた考えにどうにも頭が痛くなる。

改めて彼を見つめれば何故か先ほどとは違いどこか浮ついた、夢見るような顔つきでこちらを見返された。その表情に自分の中で運命じみた確信が強まる。もうどうにでもなれというヤケクソまじりな思いで口を開いた。

「オレの一番になりたいって、告白じゃないんだから。それともオレが好きなんです?」

ああ〜あ〜〜あああ〜。
自分で言って苦しくなった。何言ってんだよオレのクソッタレ。
苛立ちまぎれに頭を掻いて視線を上げると目を見開いてカジッチュのように顔を赤くにしたダンデさんの姿が視界に飛び込んできた。え、ええ。あ、そうなの?

その様子に、なんだかスカッと気分が良くなった。試しにダンデさんの頬に手を伸ばす。
指先が褐色の肌に触れると、ダンデさんがビクッと身を跳ねさせた。面白くなって今度は両手で挟み込むように頬を包む。困惑した様子で黄金色の瞳がオレを写した。

「……ナマエ?」

どこか期待するような表情。いつもの泰然としたチャンピオンぶりとは打って変わって余裕も落ち着きも無くした目の前の男の姿に、オレは優越感と共に自分の勝利とも言える何かを確信する。

なんだ、こんなにも簡単なことだったのか。アンタのことをおとすのは。
手の内に降ってきた幸運に、ニンマリとした笑みが浮かぶ。果たして、星は今この手の中に落ちてきた。

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