落ちて空に星がこの手で
完璧なものがある。美しくて、正しくて、眩しくて、胸がかき乱されるようなものがこの世にはある。たまらない気持ちになって、この手で滅茶苦茶にしてやりたいと、思う。

朝日を写して水滴がきらめく。それをセーヌ皮で丁寧に拭き取ると、ポケットからスマホロトムが飛び出してきた。画面に表示された見慣れた名前に、笑みを浮かべて通話をはじめる。

「おはようだ、ナマエ!スタジアムに行きたいんだが今来れるか?」

スマホ越しに、よく通る快活な声が辺りに響いた。客用座席に置いていた帽子を手に取りそれに応える。

「おはようございます。ご利用毎度ありがとうございます、お客様」

専用の飛行帽を被ってゴーグルをすれば、バシッと気分が切り替わる。今日も張り切ってお仕事だ。相棒のアーマーガアを見上げると、こちらに応えるように高らかに鳴いた。洗浄が終わったばかりのピカピカのゴンドラをセットしてアーマーガアの鞍に飛び乗る。相棒の羽根が力強く空を打って生まれたての青空へ飛翔した。さあ、お客様を迎えに行こう。

このガラル地方には押しも押されもしないポケモントレーナーがひとりいる。ガラル出身の奴なら誰でも名前くらいは聞いたことがあるってくらいの有名人。最強無敗のリーグチャンピオン、ダンデだ。ポケモントレーナーとしての確かな強さ。魅力的なパフォーマンスと整ったルックス。快活で朗らかな人柄に誰もが魅了される、最高のチャンピオン。輝く星のような人。
彼の弱点はひとつだけ、壊滅的な方向音痴であることだ。なんたって彼は目の前のスタジアムから曲がってすぐにあるポケモンセンターに行くのでさえ、迷いに迷って数時間かかるのだ。そんな時に役立つのがシュートシティ名物、そらとぶタクシーだ。シティ内をどこでも自由に移動することができる、ガラル地方特有の移動手段である。そしてオレはそのタクシーの運転手。ガラルチャンピオンをお得意様に抱える、サラリードライバーなのである。
シュートシティの一等地にある超高層マンションの前に降り立てば、すでに入り口には人影がたたずんでいる。

「おはよう、ナマエ!」

弾けんばかりの爽やかな笑顔でこちらに歩み寄ってくるのは完全無敵のチャンピオン、ダンデその人だ。

「おはようございます、ダンデさん。スタジアムまでですね?」

ああ、頼むぜ!とダンデさんが親指を立てる。朝も早くから元気な人だ。了解ですと笑って、ゴンドラに乗り込むダンデさんを見守ってからアーマーガアに騎乗した。大空に飛び上がれば、目的地のスタジアムは割とすぐそこに見える。当然だ。彼のマンションは職場であるスタジアムの最寄りにあるのだから。
ごうごうと耳元で唸りを上げる風切り音を聞きながら真っ直ぐにスタジアムの従業員通用口を目指す。今日は風が強めだな、なんて考えているうちに、あっという間に目的地に着いた。車体に衝撃がはしらないようにゆっくりと着陸する。この時が一番ドライバーの技量が試されるといってもいい。飛翔時の揺れを抑えるのも熟練の技がいるが、ガツンといって持ち物が壊れやすいのは着陸時なのだ。
完全に車体が着地してアーマーガアが羽をたたんだのを確認してから、地面に飛び降りる。

「ご到着です。いってらっしゃい、今日もよい一日を」

ゴンドラの扉を開ければダンデさんはオレの顔を見上げてニコリと笑った。

「ありがとう!」

うん、今日も爽やかだ。ただのドライバーにも丁寧な態度で接する彼には尊敬の念を感じる。

「そうだ、ナマエ。これ、次の試合のチケットだ。是非見にきてほしい!」

ビシッと差し出されたのは現在開催中のチャレンジリーグ、その決勝戦のチケットだ。

「悪いですね、いつも頂きっぱなしで……。この間もドラゴンストーム戦のやつもらったばかりなのに」
「渡したくて渡してるものだから気にしないでくれ。今度のトーナメントは優秀なチャレンジャーばかりだから、きっと楽しんでもらえると思うぜ!」

最高の試合を約束しよう!とチャンピオンポーズをとるダンデさんにお礼を言えば、花が咲くような笑顔で応えられた。
遠ざかっていく背中を見送りながら、手のひらの上のチケットに目を落とす。

チャンピオン自らプレゼントされるなんて、贅沢なものだ。それか、もしかして彼はちょっと親しい人になら誰にでもああなのだろうか。……チケット売れてないのかな?流石にそれはないか。……ダンデさんも少しはオレを親しく思ってくれているとか?いや、それはおこがましいだろ。きっと、極端に親切なのだ。完璧なみんなのチャンピオンだし。

ジャケットのポケットにチケットをしまうと同時にロトムが事務所からの連絡を知らせる。さて、次のお客様のところへ向かわないと。朝日に輝く薔薇色のスタジアムを背に、相棒と大空へ飛び立った。

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