落ちて空に星がこの手で

「彼はナマエ、オレの恋人だぜ!」

嬉しくてしょうがないといった様子で高らかにそう紹介したダンデにナマエは薄い笑顔を浮かべた。
ダンデとホップの家で開かれたバーベキューパーティ。彼ら家族と、招かれた親しい友人たちは開幕一番の衝撃の紹介に皆一様に驚きの声をあげた。

「あらあらまあ!ほんとなの?」
「アニキが……恋人!?」
「えええダンデくんえっ?!でもこの間……えっ?」
「わあ!はじめまして!」

大ぶりの野菜と肉がたっぷりと刺さった串を焼きながら嬉しそうに顔をかがやかせる母親。驚きを全身で表現する弟。困惑の色を隠せない友人のソニアとひとりだけ毛色の違うフレンドリーさを発揮する、かのニューチャンピオン。個性豊かなメンバーに囲まれてナマエは気後れのする思いで眉を下げた。

「ダ、ダンデくん恋人って!この間の人は?ホラ、相談しに来たよね、前?!」

若干小声でソニアがダンデに詰め寄る。ソニアはあの後ずっとダンデに相談されたことの顛末が気になっていたのだ。しかし何も音沙汰がなかったので、まあ予想通りだがダメだったのだろうと思っていたのに!突然恋人だなんて男の人を連れてきて!一体全体どういう経緯でそうなったのか。
湧き上がる疑問をそのままぶつけるソニアにダンデは得心したと言わんばかりにニカリと笑顔を浮かべた。

「ああ!ソニアに相談したおかげで助かった!レクチャーしてくれたプランのおかげでナマエに想いを告げられたんだ」

本当にありがとうだ!とストレートな感謝を告げられてソニアは呆気にとられる。
え?相談したおかげで助かったって。彼は恋人で。レクチャーしたデートで想いを……って、え?えー……。

このクールそうな人が「自分のこと好きなの?」なんて言ったのか。勝手に経験豊富な感じの女性を想像しちゃって……いや、でもダンデくんのことだから何かトンチンカンなことをしたのかもしれない。キミ、オレのこと好きなの?(笑)みたいな状況になったのかも。それは……ありえるかも。でもそっかー。へーダンデくんが私よりも早く恋人を……。

ダンデと話しながら地味に落ち込んでいくソニアを尻目に子供たちはニューフェイスに興味津々だ。

「ナマエさんはどんなポケモンが好きなんですか?」
「あっそれオレも聞きたいぞ!」

無邪気な笑顔にナマエはなんだか不思議な気分になった。これがダンデさんを王者から引きずり下ろしたチャンピオンなのか。リーグのモニターでも目にしたが、友達と一緒にいるところを見るとますます普通の子供にしか見えない。

「好きなポケモンはアーマーガアかな。オレはシュートシティでそらとぶタクシーのドライバーをしてるんだ。よかったらご利用お待ちしてるよ」

そう言ってナマエが笑いかけるとふたりは「そらとぶタクシー!」と言って嬉しそうな笑みを浮かべた。なんだか微笑ましい思いでポケモンを愛するふたりの子供を見つめる。

「じゃあ1番好きなプロトレーナーは誰なんだ?」
「トレーナー?うーん、そうだな……。バトルには明るくないんだけど……強いて言うならネズ、かな」
「えっ?!」

ソニアと話しながら恋人と弟の会話に耳を傾けていたダンデがホップと同じ仕草で跳ねながら驚きの声を上げる。

「わっビックリした!」

ダンデのリアクションに驚いたソニアもその視線の先の子供たちの方に向き直る。
みんなの反応が予想外だったナマエは目を白黒させた。

「ナマエ、ネズのファンだったのか?今までそんなこと一度も……、オレはてっきり」

ダンデは驚いていた。それはその事実ももちろんそうだが、ナマエは自分のファンなのだと何の疑いもなく思っていたことにだ。でもあんなに強い想いを前に話してくれたのに。もちろん彼が誰のファンになろうとナマエの自由なんだが。いや、でもしかし、おもしろくないな。どうやら彼が絡むと自分はひどく傲慢になるらしい。

驚きの余韻を残したまま、もやもやとした感情にダンデは語気を落とす。ナマエはそんな反応をするダンデを意外な思いで見つめた。

「いや、ファンっていうほどじゃ……。ネズの曲好きで名前知ってたから。……バトルとかはそんな知らないし」
「へーてっきりアニキのファンだと思ってた!でもネズさんのバトルも熱くてカッコイイんだぞ!」

な!とホップがチャンピオンを見つめる。チャンピオンは大きく頷くと「今度ぜひ試合を見にきてください!」とナマエに笑顔を向けた。ああダンデさんの名前をあげても良かったのか、と思いながらナマエは曖昧な笑みを浮かべる。

「あービックリした。ほんと、あんたら兄弟って思いがけないところで結構似てるよね」

ソニアが呆れたように笑いながらエールの入ったグラスを手に取る。彼女の言葉にホップは首を傾げた。

「ええ?そうか?」
「そうだよ。ホップは1番のトレーナー、きっとダンデくんでしょ?」

「ボール投げるとことかそっくりだもんね」とグラスを傾けるソニアに、ナマエはふたりの兄弟に視線を移す。
確かに、よく似ていると思う。まあ見た目に関しては血が繋がってるんだから当たり前だが、明るい感じっていうのか。人が寄ってきそうなハツラツさがあって、仕草が似ているらしいって話も普段を見ていなくても頷ける雰囲気があった。

「それはそうだけど、今オレが1番に応援してるのはもちろん新チャンピオンだぜ!」

ホップがそう言って笑うとかたわらのチャンピオンは目を丸くした後で本当に嬉しそうににっこりと笑った。その瞳には喜びの中にも燦然ときらめく強い意志が宿っていて、ナマエは静かに目をむく。そして同時に納得したような、腑に落ちたような思いになった。
なるほど。そうだよな。あのかがやかしい星を撃ち落とした者が、ただの子供であるはずがないのだ。

「そういうソニアは誰のファンなんだよ」

頭の後ろで腕を組みながらホップがソニアを見つめる。太陽にあてられたような気持ちになっていたナマエはハッとしてふたりの方を向いた。ソニアは空になったグラスを手に、迷う様子もなく即答する。

「そりゃあもちろん親友のルリナかな」
「えっ!ルリナ?!」

ソニアの口から出た名前に、ナマエは思わず声を上げて驚く。ナマエの反応に周囲も一斉に彼を見つめた。

「ルリナってあのモデルの?」
「う、んそうだけど。ナマエさんルリナのこと知ってるんだ」

驚くソニアにマズったテンション上がりすぎた、とナマエは顔を赤らめる。

「あ、うん。オレ、ルリナのファンで……っていうかルリナがトレーナーしてたっていうのも知らなかったんだけど」
「あ、いやそれは知ってても別人だと勘違いしてる人多いし。わたしはジムリーダーしてるルリナもイキイキしてて好きなんだけどね」
「えっ!しかもジムリーダーなのか?!」

そうだよホラ、とスマホロトムでソニアがルリナの写真を見せる。ナマエはスマホを覗きこむと「オフショットだ!」と瞳をかがやかせた。やいやいとみんなでスマホを覗いて喋っていると、ダンデがナマエを呼んだ。

「ナマエ!追加の飲みもの出すの手伝ってくれ」

ご指名が入ってしまった。仕方ない。
ソニアに後で続きを見せて欲しいと頼み込んで、空きビンを手に家の中へ戻っていくダンデを追ってナマエもその場を離れる。

勝手口から中に入って扉を閉める。壁にチャンピオン時代のダンデの写真が飾ってあるのを横目に見つつ、何本追加するのか聞こうと振り向いた瞬間、不意打ちで本人にキスをされた。

「……妬いたのか?」
「妬かないとでも?わざとか?」

黄金色の瞳が眉根を寄せてナマエを見つめる。思わず笑みが浮かんでしまいそうなのに堪えて「そういうわけじゃない。ルリナのファンなのは本当だしな」と答えるとダンデはうなだれて深いため息をついた。

「オレはオマエのこととなると狭量になるみたいだ」

嘆息交じりに呟かれたそれにナマエは今度こそ笑みがもれてしまう。

「ハハ、オレだって心中穏やかじゃないけどな。チャンプとアンタが一緒にいるんだし」

星が落ちる瞬間を思い出して目を閉じる。ダンデの気配がピリ、と引き締まった。
熱狂。歓声。震える肩。ナマエの脳裏に最後の一戦がよみがえる。そして、あの時の忘れがたい感情も。

「もし、オレが恋をするとしたらきっと」

独白のように呟いたナマエの言葉にダンデの瞳が燃えるように瞬く。スッと密着していた体を離すと彼はキャップを目深に下ろした。その表情はツバに隠れて口もとしかうかがえない。

「オレは必ず、もっともっと強くなる!このガラルと一緒に!」

真っ直ぐな言葉だ。呆れるほどに。そしてきっと、何かを勘違いしている。
ナマエはダンデの見えない表情に想いを馳せる。そして今、自分もダンデに見せられないような表情をしているであろうことを考えた。でもきっと自分がダンデの顔を見えないように、帽子の裏側のダンデからもナマエの表情は見えないのだ。強い執着を浮かべたこの顔を。

「(負けてくれ。手酷く衝撃的なまでに。そうしてまた、あのときの姿を見せてくれよ)」

もし、オレが恋をするとしたらきっと、
……あのときにしていたのだろう。
そう続く言葉は胸の内にしまって、意識して表情を変える。勝負事は得意だと言って笑った恋人の顔を思い出した。それでは、このまま勘違いしていていただこう。

楽しい勝負は終わらせない。彼風に言うなら、チャンピオンタイムは終わらないってやつ?出来れば墓場まで続けたいね。
なんだか愉快な気持ちになって、ダンデのキャップのツバに手をかける。そしてそのままぐい、とずり下げると帽子越しに恋人にキスをした。

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