落ちて空に星がこの手で
約束のその日。オレは無事、ナマエと共にブラッシータウンの駅に降り立った。天気は幸いなことに快晴だ。絶好のスカイライド日和である。
駅のすぐそばで飛び立つのは邪魔になるので、いつもナマエがフライトするポイントとやらに行くために彼の後をついて行く。道すがら、この町での思い出やポケモンの話をしながらのんびりハロンタウンへ向かう道を歩いた。しばらく進んだところで草むらのある脇道に逸れて、ナマエがボールを取り出す。どうやらここから飛び立つらしい。

「ちょっと色々取り付けるから、待って」

ボールからアーマーガアが飛び出す。キョロキョロと赤色の目で辺りを見渡すと、ここがどこだか気づいたのか嬉しそうに羽をばたつかせた。オレもリザードンを出してナマエの準備する様子を見守る。
彼がカバンの中から取り出したのは騎乗用のハーネスだ。普段仕事で使っているものとは異なるようで、鞍部分がかなり流線型に近いフォルムになっている。おまけにいたるところにハンドルが付いた変わった形をしていた。大人しく装備をつけられているアーマーガアをリザードンが不思議そうに見つめている。
ナマエはアーマーガアに全ての装備をつけ終わると、今度は自分の体にスポーツプロテクターのようなものをつけた。
最後に飛行帽を被ってこちらを見返す。

「お待ちどうさま。行こうか」

リザードンにアーマーガアについていくように指示して騎乗すると、空へと飛翔する。微かな浮遊感と共に流れる風が頬を打った。まだ少し寒いな。
十分な高度まで飛び上がると、ナマエがオレの横につけて呼びかける。

「この辺は牧場が多くて、なんか落としたりしたら大変だからもっと奥の森の方へ向かう!」

道しるべのない空でも、ナマエは迷うことなく真っ直ぐに進んでいく。彼がいなかったら、オレは途端に迷ってしまうだろう。
眼下に広がる景色を眺めていると、ちょうどオレの家が目に入って自然と笑みが浮かんだ。
なるほど。今までライドといったら移動のためにしかしたことがなかったが、こうして景色を見ながらただ空を駆ける、飛ぶためだけの飛行も悪くない。

あたたかいリザードンの背でぼんやりと流れる景色を楽しんでいると、牧場の地帯から徐々に木が増え、だんだんと森の方へ入ってきた。靄がかった湖のある場所をさらに越え、本当に人気のない奥地へ景色が移る。その中でも起伏の少ないなだらかな林が続く場所へ着くと、ようやくアーマーガアが止まった。

「オレはいつもこの辺でまあ…好き勝手やってるよ。自由に飛んでる時は周りのこと気にしていられないから、あんま近付かないように気をつけてくれ。ぶつかったら怪我じゃ済まないから」

そう言って帽子にかけていたゴーグルを装備する。オレが頷くのを確認して、ナマエがアーマーガアの首元を片手で軽く叩く。それにアーマーガアが一声鳴いて返事を返したかと思うと、勢いよく更に高度の高い空へ上昇していった。さっきまでとは比較にならないスピードに呆気にとられて空を見上げる。
まるで弾丸のように登っていった鋼の塊は、緩やかな弧を描くと今度はクルクルとスピンしながら急落下をはじめた。ナマエの様子に目を凝らすと、体を起こして進行方向を見ながら進む普通のライドとは違い、体をぴったりとアーマーガアにくっつけて空気抵抗を極限まで抑えたスタイルで騎乗している。その様はまるで、ポケモンと一体になって空を駆けているようだった。

「アクロバット飛行か!」

羽を広げたアーマーガアが今度はひねりを入れながら何度も宙返りを繰り返す。圧倒的な速さで繰り広げられる繊細な動きはドラゴンタイプには出しきれない特性だ。ドラゴンの飛行は安定している。光線を出したりする反動を空中でしっかりと消化することのできる馬力は素晴らしいが、小回りの効きではひこう……特に鳥型のポケモンには敵わない。
鮮やかな技の連続に時間を忘れて見入っていると、不意にスピードが落ちてナマエが体を起こした。その場で滞空したまま高度を落とさないでいるので不思議に思って見つめていると、ナマエが腕を頭の上で丸の形に組んだ。謎のポーズをとった状態で止まったかと思うと、次の瞬間ナマエの体が大きく傾ぐ。

「なっ?!!」

腕で円を組んだまま、ナマエがスルリとアーマーガアの背から落下する。瞬間、全身から血の気が引いて、空へと飛び出した。

「リザードン!」

受け止めるぞ!と相棒の名を呼んだその時、視界に瞬時に影が差す。ハッとして顔を上げて、驚きに目を見開いた。
アーマーガアはすぐさま宙返りすると、丸の形で組んだナマエの腕を足で掴んで器用にキャッチしたのだ。

「は…?」

オレが呆然としている間も、ナマエはハーネスの突起を利用して逆さになったり、アーマーガアに足を掴ませて宙吊りになったり色んなことをしている。

危ないだろう!落ちたらどうするんだ!

怒りを抱きながらリザードンと近づいていくと、風音の隙間から不意にナマエの笑い声が耳に届いた。

「ハハハッ!」

無邪気な声に毒気を抜かれて上昇するのを止める。宙吊りの状態でアーマーガアにぶら下がっているナマエを見上げれば、歯を見せて笑う顔がこちらを向いた。
心臓を、射抜かれる思いがした。格好いい。かわいい。好きだ。さまざまな想いが胸中を駆け巡る。
太陽の光が鮮烈なまばゆさでナマエを包んでいた。光がしみて目を細めると、楽しそうなナマエがこちらに手を振ってきた。キラキラと輝く様は仕事中の姿とも、町で過ごすプライベートの姿とも違っていて、太陽に負けないくらい魅力的でまぶしい。

アーマーガアは足を振り子のように揺らして勢いをつけると、ポンと上空にナマエ投げ出した。そして投げられた勢いのまま空中で宙返りするナマエを、今度は背中で受け止める。見事、元の背中での騎乗スタイルに戻るとゆっくりと下降してふたりがこちらに近づいてきた。

「ごめん、夢中になっちゃったな。オレの遊びはこんな感じ。それじゃ、ダンデさんの実家へ向かうか」

ゴーグルを外したナマエが手の甲で汗を拭いながらオレを見つめる。珍しく息を切らせた様子が新鮮で思わず見惚れていると、「こっち」とリザードンを先導しながらナマエが気まずそうに口を開いた。

「……いわゆるアクロバットライドってやつ。ロトム自転車やスケボーみたいな。子供の頃からやってて、何も考えずに済むから好きなんだ」
「……アーマーガアとは、そんな昔から?」
「ああ、初めてのポケモンで覚えてないくらいチビの頃からずっと一緒だ。……今の職業も相棒と働けるとこって決めたんだ。アーマーガアといったら、やっぱそらとぶタクシーだろ?」

その後も、ナマエはぽつぽつと自分のことを話してくれた。思えばオレが押すばかりで、彼自身の口からバックボーンを話してくれるのは初めてな気がする。何となく満たされた思いになりながら飛んでいると、実家に着くのはあっという間だった。
庭のバトルコートに着地して、ナマエが装備を外すのを待つ。アーマーガアをボールに戻そうとしたので、そのままにさせて玄関へ向かった。

「本当にこのままでいいのか?アーマーガアでかいぞ?」
「リザードンだってでかいさ。大丈夫、オレたちはここで育ったんだぜ?それに人数は多い方が楽しいだろ」

気軽に答えて「ただいま!」と家の扉を開ける。すると笑顔の母がキッチンから顔を出して出迎えてくれた。

「おかえりなさい、ダンデ。あら、こちらの方は?」
「彼はナマエ!オレのこ……」
「友人です。初めまして、突然お邪魔してしまってすいません」

ナマエが笑顔を浮かべて母に挨拶する。その自己紹介が気に食わなくて、ぶすくれた表情でナマエを睨んだ。

「まあ!ダンデが友達を連れてくるなんて子供の時以来よ!部屋へ行っていてちょうだいね。夕食はバーベキューを用意しているから、ぜひ食べていってね」

嬉しそうな母に愛想よく返事を返すナマエを引っ張って二階の自室へ向かう。部屋に連れ込んで扉を閉めると不機嫌さもそのままに、すました顔をした恋人に向き直った。

「オレはキミの友人になった覚えはないぞ」
「いいんですよこれで。ダンデさん。それより、部屋の中ずいぶん片付いてますけどエロ本とかないんですか?ベッドの下とかにあんだろ……」

そう言って下を覗こうとするナマエに飛びかかってベッドの上に押し倒した。
「オレにもうその話し方は禁止だ!」と言って覆いかぶさると、オレの下でナマエがくぐもった笑い声をあげる。

「絶対今度は恋人だって紹介するからな!」
「ハイハイ」

本気にしてないような、気の無い返事を返す恋人がにくたらしくて両手で頬を引っ張ってやった。白い歯が口からチラリと覗く。
子供のようなじゃれ合いを尻目にリザードンは部屋の中でソワソワと扉を見つめている。どうやらバーベキューが楽しみで仕方ないらしい。その様子をキョトンとして見つめるアーマーガアを見て、思わずふたりで吹き出した。

ああ、楽しみにしていい。うちのバーベキューは最高だぞ!

育った家にナマエがいる、その光景がどこか不思議でくすぐったくて。下敷きにしている恋人の胸に顔を埋めて大きく深呼吸した。懐かしい自室とナマエの匂いはひどく気持ちが落ち着いて。バーベキューが始まるまで、何だか眠ってしまいたい気になった。

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